2007年から糸島に移り住み、思いを同じくする人たちと「としょかんのたね・二丈」を始め、志摩地区の「みんなの図書館つくろう会」、二丈深江地区の「糸島くらしと図書館」の人たちと共に、糸島のより良い図書館づくりを目指して活動してきた。「糸島の図書館は今、どうなっているのか」、糸島図書館事情を発信し、市民と共に育つ糸島市の図書館を考えていきたい。糸島市の図書館のあり方と深く関わる、隣接する福岡市や県内外の図書館についても共に考えていきます。
2022年4月25日月曜日
豊田の原稿1 No.91
図書館の発見
図書館は何をするところか
「地域に図書館がある」とは、どういうことか
―豊田市立図書館の今と、これからを考える(町田市立図書館との比較)
〈 図書館員は「勇気をもって」 図書館は勇気が必要なところ 〉
才津原哲弘
序・本文執筆の経緯とタイトルについて
豊田市の図書館を考える会の集いで図書館の話をするようにとのご依頼があり、私は2018年6月10日(日)、初めて豊田市を訪ねました。そして約1年後の5月、考える会の方から電話があり、私より以前に同会で講演されたアーサー・ビナードさんと私の2人の講演録を作ろうとしたところ、私の録音が聞きとれない状態なので、文章で何枚か送ってもらえないかとのことでした。
いざ、書き始めようとすると、豊田市の図書館が直面している問題は、私が住む糸島市
と共通する根が深い問題で、それが一体どういう問題であるかを、この際あらためて考えてみようと思い立ち、結果的には思いもよらぬ長い文章となってしまいました。
当初、本文は豊田市の図書館を考える会の人たちと、豊田市の図書館をともに考えるため、考える会の方に向けて書いたものですが、ある方から、本文の内容からして豊田だけではなく、他の人たちにも読める手立てを考えてはとのお言葉をいただき、大部であるため、まずはネットを通して読める手立てをと考えた次第です。
そうして校正にとりかかっている最中、思ってもみない事態、出来事が立て続けに起きました。まずは3月末に知らされた町田市立図書館の指定管理者制度導入の計画です。豊田市の図書館の在りようを考える時、他市の図書館と比較してみることは一つの有効な手立てです。豊田市と人口同規模で、これまでの図書館活動の実践、図書館サービスの内容から、豊田市の図書館と比較して考えるのにもっともふさわしい図書館の一つが町田市の図書館であると考えて、本文では、両市の図書館を比較しながら考察を行っています。この本文を書き終えた後に、町田市で指定管理者制度導入の動きが起きていたことを知ったのです。それに対して、計画の見直しを求める“町田市の図書館活動をすすめる会など、市民の活動が行われています。(その経緯については、末尾の追記1に記載)ほんとうに、あの町田でと、各地の図書館が直面している事態の厳しさを改めて思いました。
今、町田市ではきわめてきびしい状況の中にありますが、町田市の図書館が市民とともに育くみ培ってきた図書館活動の実践、その実績は消えるものではありません。本文でふれた町田市立図書館の態勢、図書館サービスの実際は、今も豊田市の図書館を考える際に役立つものさしであると考えています。
そして、前川恒雄さん 4月10日、ご逝去の報。〈深い衝撃と悲しみ、各地に。〉
1965年、東京の日野市で1台の移動図書館で図書館を始め、順次分館をつくり(5つの
分館)ついで本館を建て(1973年4月、中央図書館開館後、1977年に6館目の分館:市政図書室)、日本の公立図書館で、初めてリクエストサービスを始め、「いつでも」「どこでも」「だれにでも」「なんでも」を実践されました。市民と図書館員に、図書館はだれのために、何をするところかをだれの目にも見えるように示して、日本の図書館が進むべき道を切り開き、生涯にわたりその道を歩んで来られました。
その前川さんが町田市立図書館が日野にとって、どんな図書館であったかを述べています。
(「日野の活動を見て、それにつづく仕事をまずしてくれたのは、東京の府中と町田の市立
図書館だった。・・・町田は、それまでの建物がとりこわされることになって、米軍のかまぼこ兵舎のお古に移ったのを逆手にとって、閲覧室をなくし、それまでしていなかった貸出しを始めた。館則には貸出しの規定がないのに。職員が勝手にやりだしたのである。役所から何も言われなかったのは、気づかなかったというより、図書館のことなど念頭になかったからであろう。
府中でも町田でも、館の方向が変ると利用が急上昇していった。市民に喜ばれ、職員は
自信がつき、図書費も何倍かに増えていった。この二館が日野を例外にせず、日野の方向の正しさを証明してくれた。私には実にありがたい援軍だった。」)
(前川恒雄『移動図書館ひまわり号』夏葉社、2016.7.15復刊:筑摩書房1998.4)
タイトルに《図書館員は「勇気もって」・・・》とあるのは、『図書館員を志す人へ 前川恒雄恒雄講演録』(純心女子短期大学図書館学研究室製作・刊行1985.3 復刻版2007.3)にある言葉です。同書は長崎市にある純心女子短期大学の図書館学コース主任教授の平湯文夫さんが、図書館学を学び、図書館員を志す学生たちのために前川さんの特別講義を企画し、同コースの学生たちがテープ起こしから印刷、製本までを実習して仕上げたのもので同研究室より刊行しています。
前川さんは、「いい図書館職員というのはどういう人なのか」というお話の中で、「よい図書館員とは」として、1.奉仕する姿勢 2.本を知る 3.カウンターに立つ 4.問題意識をもつ 5.ねばり強く」の5つ【いずれも大切な核心的なこと】をあげたあと、さいごに、「6.勇気を」として、なぜどのように「図書館は勇気が必要なところ」であるかを述べて、次のように語られています。
「こういうところで、図書館を生かし図書館を発展させるには勇気がいります。しかし、
図書館運動をしている市民の方々は、全く利益にならないことを、ときには批判されたり
いやな思いをしたりすることを、ねばり強くやってくれています。私たち図書館のプロが、図書館で飯を食っているものが、この人たちの後にくっついていくだけでいいのでしょうか。」 (資料10)
奇しくも本文は前川さんの2冊の本、『図書館の発見』と『新版図書館の発見』の「まえがき」から始めています。まず、これを豊田のみなさんと読むことからと考えたのです。私たちが今いるところを知り、どこに向けて歩んで行くかを考える時に、まず拠り所となる言葉と実践が、そこに述べられていると考えたからです。自ら知らず、前川さんが始め、切り開いてくれた道を歩んできたことをあらためて思い知らされています。タイトルに、前川さんから贈られ、手渡されたものを掲げた所以(ゆえん)です。
目 次
⊡ 序・本文執筆の経緯とタイトルついて
⊡ はじめに Sさんへの手紙
・ なぜ、このようなことが起きるのか
・ 2冊の本の「まえがき」から
・ 『図書館の発見』が私たちに手渡しているもの
1. 図書館は何をするところだろう〈図書館の発見〉
・ 身近に図書館はなかった
・ 図書館の発見・前史
・ 図書館の発見
2.『本の予約』って何だろう
(1) 予約の前提は・・・計画的な資料の収集(資料費の継続的な確保)
(2) もう一つの、予約の前提
3. 図書館が図書館として機能するために欠かせないこと
(1)図書館費はどれだけ必要か
(2)一般会計(市の総予算)の1%以上の図書館費を
(3) 豊田市の図書館費が0.5%というのは、どういうことか
4.「望ましい基準のこと」
(1) 「望ましい指標と数値目標(基準値)」について
(2) 「望ましい基準」・・・図書館法の制定から公示まで50年、
その経緯について
(3) 2つの道、どちらの道に進むのか
(4) 「望ましい基準」いついて考えていること
苅田町立図書館(1990年5月開館)での経験から
(5)「専門委員会案」とは
5.「望ましい基準」から豊田市をみると
(1) 図書館を構成するう4つの要素と図書館の活動を支える予算(図書館費)の
5つの面から豊田市の図書館をみる
(2)「利用者」(読者)・・・豊田市民はどのように利用しているか
(2017年度;資料1『比較表』参照
① 登録者数は・・・「望ましい基準」の到達度205%が意味している
ことは
② 「貸出点数」と「人口当り(市民1一人当り)貸出点数【貸出密度】は
③ この格差を生み出しているものは一体なんでしょうか
④ 「予約件数」と「図書館間借受」件数から見えてくるもの
⑤ なぜ、「予約」が少ないのだろう
⑥ 移動図書館のこと、全域サービス、システムとしての図書館
⑦ 分館とは;分館を具体的にイメージ
⑧ 「図書館間借受」件数について
⑨ 「だれでも」・・・図書館の利用にハンディキャップのある人へのサービス
6.地域に図書館があるということ
(1)苅田町立図書館の活動から
① 苅田町立図書館(1990.5.12~)
「いつでも」「どこでも」「だれでも」「なんでも」
すべての町民のためのを図書館を目指して
②「今日、はじめて図書館にきました」
③『図書館だより』から見えてくる“分館の働き、機能、役割”
④「そして、(3館目の分館)西部図書館が開館して1年が経って
(分館の働き)
(2) 市町村合併時の取り組みは
7.苅田町立図書館・・・後日談、町長が変って起きたこと
8.さいごに
・ 現状を知ることから
・ 竹内悊(さとる)さんからの贈り物
『生きるための図書館 ―― 一人ひとりのために』竹内悊著 岩波新書 2019.6
・ 追記1.“町田市立図書館に指定管理の導入”について
・追記2.前川恒雄さんのこと
資料
資料1.愛知県の県立図書館と滋賀、鳥取、岡山、福岡県立図書館の比較表2017(平成
29)年
資料2.図書館サービスの望ましい指標と豊田市図書館の比較
資料3.伊万里市民図書館の活動(伊万里市民図書館『としょかん通信』平成30年度夏号
より
① 平成29年度活動報告
② 伊万里市民図書館お望ましい基準値(目標値)との比較
資料4.苅田町立図書館の活動
平成5(1993)年度 年報『育てよう!本のある広場 そよ風の通り抜ける図書館』
① 苅田町立図書館のサービス指標(1994年3月31日現在)
② 他の図書館との比較
資料5.“資料2『図書館サービスの望ましい指標と豊田市の図書館』”の解説
資料6.豊田市図書館利用2013(平成25)~2018(平成30)年度
「望ましい基準(指標)」及び人口同規模の町田市との比較
資料7.『心揺さぶる図書館の誕生 東近江市立蒲生図書館を訪ねて』
(『としょかん村』第1号 2009年4月
資料8.『図書館の明日をひらく』菅原峻著 晶文社 1999
資料9.「図書館の設置及び評価の運営上望ましい基準」の Ⅰ及びⅡ
資料10.『図書館員を志す人へ 前川恒雄講演録』純心女子短大図書館学研究室1985.3
復刻版2007.3 図書館づくりと子どもの本の研究所
はじめに (篠田さんへの手紙)
こんなにも遅い原稿となってしまい申し訳ありません。最初に篠田さんから原稿の依頼がありましたときには、5枚くらい、若干、長くなっても構いません。総会が6月16日にあるので、印刷が間に合うように・・日までに、とのことでした。
何を書くかを考えて、今、豊田市の図書館が直面していることに焦点を当てて書こうと考えました。それは私が住んでいる地域の図書館のもっとも大きな課題でもあります。
豊田市の図書館の問題は市内全域を対象にした、本館、分館、移動図書館によるシステムとしての図書館がないこと、あるいは目指されていないこと。そのため市民の身近かに、生活圏に図書館がないことです。図書館が身近かにないため、図書館を日常的に利用できない多くの市民がいること。そして、何よりの問題は、市民の身近に図書館を作っていくための市の計画的な取り組みがなされていないことではないかと思われました。
指定管理者の導入は、豊田市の図書館のもっとも重要な課題である、市民のだれもが、市内のどこに住んでいても利用できる図書館づくりに取り組まない、その問題を問題のまま置き去りにして、今ある図書館を市民に利用してもらえばいいという選択であると私には思われます。指定管理にして経費を縮減するという市の説明のようですが、実際に縮減かどうかは大いに疑問です。これについては田原市の森下さんの的確なレポートを見ていただければと思います。
市民の期待に応える図書館サービスを行う上で、もっとも重要な働きをする職員を正規職員ではない不安定な身分とし、そのことで継続的な仕事の積み重ねにより専門職の力を育てる機会を奪うことになっているのが、指定管理の実態であり、税金の使い方の面から考えても、市民に本当に役に立つ職員を育てない、きわめて問題がある選択を豊田市としてされているのではないかと私には思われました。
なぜ、このようなことが起きるのか。
私には、それは「図書館は何をするところか」についての、「図書館の発見」が、広く十分に、いまだ行政の中で、また市民一人ひとりの中で行われていないからではないか。そのことが主な理由の一つではないかと考えています。私の住む糸島市でも、日本の各地においても。というのも、多くの人が“本物の図書館”を利用する経験をしていないからではないかと考えています。
このためまず「図書館は何をするところか」、「図書館は誰のためのものか」を考えるため、私は、私自身の「図書館の発見」がどういうことであったか、から書くことを始めました。そして豊田市の図書館の実態がどうなっているか、その現状を知ることからと考えて資料づくり(添付資料)に取りかかりました。書くことの大きな柱を考えただけでも、5枚にはとても収まらないことが明らかでした。そうして、書き始めてみると、それまで私自身に見えていなかったことが、いくつも立ち現れてきました。
なぜ、こんなにも長い原稿になってしまったのか。それはこの文を書いているうちに、私の中にいくつもの疑問が生まれ、それは何だろうということも、この機会に考えてみたいと思ったのです。考え、考えながら、不確かであったことを一つ一つ調べながら書きすすめました。苅田町、旧能登川町、東近江市、福岡市、佐賀県伊万里市、豊田市、町田市等の図書館や東京の日本図書館協会にボランティアで日参していると聞いている松岡要さんや、その他幾人かの個人の方に、連絡して教えをいただきました。そしてなぜ私が、それぞれについて、そのように私が考えるのか、その根拠となる事柄をできるだけ明らかにしていきたいと考えました。このため、短い時間では読めない長さのものになってしまいました。まずその点で、ご依頼の原稿とは異なるものとなってしまいましたこと、お許しください。ただ、以下の文章の中に、篠田さんが原稿に託されたご趣旨といささかでも重なるものがあることを願うばかりです。
2冊の本の「まえがき」から
“図書館の発見”と言えば、じつは前川恒雄さんが、石井敦さんとの共著で刊行された本のタイトルでもあるのです。どのような思い、考えで、その書名を考えられたのか。“図書館の発見”とはどういうことか。
『図書館の発見 市民の新しい権利』(日本放送出版協会)という本が出版されたのは、1973年(昭和48年)10月のことで、それは1965年に東京の日野市立図書館が1台の移動図書館で図書館を始めてから8年目のことでした。この1973年という年は、この年の4月に中央図書館が開館して、日野市立図書館の全貌が姿を現し中央館と5つの分館そして移動図書館からなるシステムとしての図書館が誰の眼にもが明らかになった年でした。
(1974年には6館目の分館、市役所の一角に「市政図書室」を開館)
そしてその本の出版から33年後の2006年(平成18年)に、同じく石井敦さんと共著で石井氏の健康上の理由から旧版『図書館の発見』をもとに、「石井敦と前川恒雄が打ち合わせをかさね、前川恒雄が執筆」して旧版を全面改稿して出版されたのが『新版 図書館の発見』です。
46年前に出版された旧著の「まえがきは」には、次のように書かれています。
「日本に近代公共図書館が誕生して百年たった現在、やっと言葉の本当の意味での公共図書館が育ち始めた。
公共図書館、これは人々が自から生活を高め守るために、自分たちのものとしてつくり、そこからあらゆる資料や情報を入手する機関である。ところが長いあいだ、図書館は人々の生活とは無縁な位置で、少数の特殊な人か学生にだけ役にたつ働きをしてきた。図書館に限らずほとんどすべての公の施設が、民衆に上から与えられるものとしてつくられてきた結果である。 (略)
しかし、今、図書館はすべての人にすべての資料をと言い得る位置に立とうとしており、やっと本当の図書館を眼でみ、知ることができた。いったん「これが図書館だ」という図書館を知った人々は、自分のものとして図書館を要求し、図書館を獲得しつつある。そうして、大人も子供も、自分たちは本が好きで、本が必要であることを知るのである。これは図書館の発見であり、読者の発見であった。
誰でも本が身近にあれば本を読むし、本を身近におくため、図書館が町に村にポストの数ほど必要である。本が身近かにあり、人々が知識・情報・教養を自分で獲得できることによって、日本の民主主義も地方自治も、その基底から築かれる。このように私たちは確信している。そうして、この事実を一人でも多くの人々にわかってもらわねばならないと思っている。 (略)
もし図書館が近くになければ、なぜないのか、どうすればできるのかも、読者の住む町の現実と本書とによって考えてみていただきたい。本当に図書館をつくっていただきたい。それは必ず、読者と読者の家族にいくらかの、しかし深い生活の変革をもたらすであろう。」
(略) 1973年10月 著者
そして、旧版の33年後の『新版 図書館の発見』(日本放送協会2006年・平成18年)の「まえがき」は、次のように書き始められています。
「今、読者の眼の前にある図書館は、四〇年前にあった図書館(1965年の日野市立図書館開館以前の図書館:注;筆者、以下同様)とは、その質においてまったく異なる図書館である。ほとんど受験生の勉強部屋であった図書館が、子どもから老人まで、勤め人も主婦も学生も自分のものとして使い、本を借り、読みたい本がなければリクエストでき、わからないことを尋ねることもできる図書館になった。何よりも、居心地のいい図書館、また行きたくなる図書館になった。「市民の図書館」の誕生である。
利用も急激に伸び、年間貸出冊数は四〇年前の七〇倍に達し、まだ上昇するであろう。しかし、これも先進諸国に比べれば、人口一人当たりの貸出冊数はまだまだ少ない。この利用の伸びは、それまで本を読んでいた人びとが図書館を使うようになったことよりも、本を読まなかった、あるいは読めなかった人びとが本を読むようになったことが、遥かに大きな部分を占めている。
「図書館が近くにできて本を読むようになった」という人が、図書館に来る人の大部分であり、「うちの町で本を読むような人はいない。図書館をつくってもペンペン草が生えるだけだ」と言っていた町長や役場の人たちが、実際につくってみて、その利用の多さに驚く例は枚挙にいとまがない。図書館は、市民の知的好奇心をかきたて、眠っていた読書欲を目覚めさせ、それが生活にとっていかに大切なものであるかを、市民自身に気づかせるものである。
読書が人間の思考力や想像力を鍛えるうえで果たす意味については、改めて言う必要はないであろう。考える市民を支え、その人びとに知識や情報を提供できる図書館の役割は、社会の発展、安定にとって不可欠のものであるが、特に民主制を維持するためにはなくてはならないものである。民主制とは、大多数の国民が自分の責任で自由な判断ができることが前提になる制度であろう。人びとに必要とする情報を与え、その情報を判断する力を培う働きをしている図書館は、民主制の基盤の一つである。
一五〇年前、アメリカで近代公共図書館が発足して以来図書館は民主主義と歩調をあわせて発展してきた。一三〇年前に公共図書館が生まれた日本では、四〇年前ようやく市民に使われ、喜ばれ、市民の自主的な判断に役立つ図書館があらわれ、社会に確固たる地盤を築くところにまできた。
ところが今、図書館の前にはかつてない大きな壁が立ちふさがり、その基本をも揺るがせようとしている。それはいったい何だろうか。
まず、公共図書館への国と自治体の対応の変化がある。
国は、図書館を一定水準に保つための図書館法上の規定、図書館長の資格要件と最低基準を定めた条項を廃止した。この規定は、国の補助金をもらう場合に限り適用されるもので、国の補助金が自治体にとって魅力のあるものではなくなっていたから、これを無視する自治体は少なくなかったが、この条項がなくなったことは、司書の配置、専門職の館長任命に大きなブレーキとなった。
(注;図書館法の第19条で、国の補助金の交付を受けるための「最低の基準」を定めていた。図書館長が有資格であることが、交付条件であった。1999年7月の地方分権推進一括法の成立に伴う図書館法の改正により、全文削除された。補助金の額があまりに低額であったから、自治体によっては、地域総合債や過疎債等他のより有利なものを使うところも多かったが、19条及び施行規則に「図書館長が有資格であることが交付条件」との規定があったことから、自治体にとって、図書館長は有資格であることが望ましいと考える根拠ともなっていた。この規定がなくなることで、図書館長は有資格でなくてもよいとする自治体がでてくることが懸念された。)
国と自治体の財政逼迫は、図書館の予算、人員の減となってあらわれ、利用の増加、市民の要望(開館時間の延長など)にとても対応できないところまできていて、表面だけの無理なサービスをこなすだけで、いいサービスをするための段取りや、職員の能力向上に必要な作業ができなくなっている。
さらに「官から民へ」という国の政策によって、図書館業務を民間に委託する自治体が増え、このことは業務の空洞化、サービスの質の低下を招き、一五〇年前、公共図書館のスタートのときに確立された公的機関としての図書館が変質し、図書館の本質がゆがめられている。
このときに、図書館の世界の外からの、図書館に対する批判、提言が寄せられるようになった。図書館についての論議は、図書館の発展にともなってでてきたもので、歓迎すべきであり、図書館に対する批判にも謙虚に耳をかたむけるべきであるが、図書館の基本と実務について、また、きわめて特異な経過をたどってここまできた日本の図書館について、あまりにも初歩的な誤りの上に立った議論が多すぎると思う。図書館についての基礎的な知識を、本書から得ていただければありがたい。」
前川さんの「まえがき」からは、〈豊田市や糸島市の図書館がなぜ今のように、容易ならない問題を抱えるいるのか、図書館が市民「一人ひとり、みんなの図書館」(竹内悊氏)になっていないのか、ということ〉が「きわめて特異な経過をたどってここまできた日本の図書館の活動の歴史」と深く関わっていることを示しているように思います。
豊田市の図書館も、糸島市の図書館も、日本の公立図書館が歩んできた歴史の中で、今の地点に立ち現在の図書館の在りようとなっています。とりわけ1950年の図書館法制定以降、日本の公立図書館がたどってきた特異な経過、歩みを経てのことです。その特異さとは、日本という国においては、図書館法制定以降この70年近くにわたって、図書館の整備、振興について、国はそれを積極的に進めてこなかったばかりでなく、(図書館法第18条で
「望ましい基準」を定め、これを公示すると制定したにもかかわらず、実際に公示されたのは法制定後51年後でしかも、そこではもっとも重要な「数値目標」は公示されないままであった。)大切な局面において、ことごとくサボタージュしてきた、そして今も、その姿勢を続けているということです。その結果が自治体間での図書館サ-ビスの内容の大きな格差であり、各自治体での図書館の位置づけや職員体制のありようの大きな違いです。
私が現在住んでいる旧二丈町という地域には、そして近隣の旧志摩町にも、私が滋賀の図書館を退職後に住み始めた2007年(平成17年)には、そもそも図書館がありませんでした。1965年の日野市立図書館の開館以来、各地に“本当の図書館”が目に見える形で、その活動を始めてきたというのに、それから45年たっても、二丈、志摩の地域には図書館そのものがなかったのです。2010年(平成22年)1月、前原市(人口7万人)、志摩町(人口1万7000人)二丈町(人口1万3000人)の1市2町の合併により、糸島市が誕生して、前原市図書館が糸島市図書館と名称を変更、二丈、志摩地区の住民は、初めて市民として図書館(旧前原市図書館)を利用することとなりました。
しかも糸島地区での唯一の図書館である前原市図書館が開館したのは、1998年(平成10年)12月、1台の移動図書館からのスタートでした。市民の図書館を求める声とその活動によるものでした。(苅田町に新設された町立の給食センターの視察に行った前原市の市議会議員の女性が、苅田町の沖町長から図書館の見学を勧められ苅田町立図書館を訪れたことが、その方にとって“図書館の発見”という出来事となり、以後前原市で図書館づくりの活動を始めるきっかけとなったとのこと。)その後様々な経緯を経て、当初、移動図書館本館として計画されていたものが前原市図書館として開館したのは、移動図書館の運行が始まって7年後の2005年(平成17年)11月のことでした。この間、図書館は社会教育課(後に生涯学習課、平成30年4月からは文化課)図書館係という課ではなく一係という位置づけで、しかも図書館長は嘱託でした。この体制は合併後の現在も続いています。合併の翌年の2011年(平成23年)10月、旧志摩庁舎と旧二丈庁舎の一郭を改装して糸島市図書館志摩館、糸島市図書館二丈館が開館(志摩館、二丈館については2016年(平成28年)4月に再度、2回目の改装をして旧庁舎内に移転開館)しました。施設としての図書館ができてから前原地区で14年、志摩、二丈地区で8年ですが、正規職員は本館である糸島図書館(旧前原市図書館)2名、分館である志摩館、二丈館各1名の合計4名です。1998年、糸島地区に前原市図書館として初めて“市立図書館”の看板が掲げられたものの、図書館の位置づけが教育委員会の中の一つの課ではなく、一係であることが示しているように“本当の図書館”への道の遥か途上にあると思います。旧前原市の図書館以来、合併後も市民が市内のどこに住んでいても、だれでも利用できる全域サービスの計画づくりに取りくむことなく現在に至っています。
こうした状況の中で、これからの豊田市や糸島市の図書館を考える時、「望ましい基準」
をこの状況を変えていく一つの手立てとして考えることができないかと私は考えています。「望ましい基準」とは何か、を考えることは、その“特異な経過”(1950年の図書館法制定以降現在に至る一貫した国の図書館施策の無策、その不作為の結果、糸島市のように“本当の図書館”、“本物の図書館”とは言えない図書館が、各地におびただしく生まれていること)を、市民である私たちが正しく知るとともに、地域の図書館の現状を把握して、その地域にふさわしい図書館計画をつくっていくこと、そのために、その地域に今、求められる「望ましい基準」を考え策定し、活用していくことであると私は考えています。
前川さん、石井さんの2冊の『図書館の発見』で、読者に示された“市民の図書館”のあり方、“図書館の発見”がなぜ、豊田市や糸島市、その他多くの地域で広がっていないのか、まず私自身の「図書館の発見」(図書館は何をするところか)について触れ、次いで「望ましい基準」をめぐって、今に至る経緯を考えてみることにしました。
(なお、『新版 図書館の発見』は、つぎの7章からなっています。
1.現代の図書館 2.図書館は何をするところか 3.本はどのように選ばれるか
4.図書館は建物ではない 5.なぜ司書か、6.図書館の歩み 7.これからの図書館)
1.図書館は何をするところだろう〈図書館の発見〉
身近に図書館はなかった
2007年(平成19年)3月に滋賀県の図書館を退職し、玄海灘に面した福岡県の西端の町で暮らして12年になります。 私は今から46年前の1972年(昭和47)4月に千葉県の八千代市立図書館で司書として採用され、図書館員として働き始めました。八千代市の図書館は2年で退職し、以後,福岡市民図書館(1976.7~)、博多駅前4丁目の財団法人博多駅地区土地区画整理記念会館の図書室 (1979.4~)、福岡県苅田町立図書館(1988.12~),滋賀県能登川町立図書館(1995.4~),〈合併により東近江市立能登川図書館(2006.1~2007.3)〉の合計5つの図書館で働きました。このうち、人口34,000人の苅田町、23,000人の能登川町では、図書館開設準備室の発足の時から準備室長として関わりました。能登川町では、博物館との複合施設で、私は博物館長を兼務し、力ある学芸員の仕事振りと、博物館を活動の場とする方たちの、能登川町の森羅万象を対象とする多彩な活動に、図書館員としても目を開かされる経験をしました。
私は広島市に原子爆弾が投下された翌年の1946年(昭和21年)7月、爆心地から3.5キロ離れた市内の宇品という所に生まれ、小学2年の時に倉敷市に、小学5年のときに福岡市に転校しました。子どもの頃、広島市でも倉敷市でも身近に「公立図書館」(以下、「図書館」)はありませんでした。当時人口100万人の福岡市に市立図書館ができたのは1976年(昭和51年)、私が30歳のときです。このため私は市や町や村の図書館(公立図書館)を見ることも利用することもなく大人になりました。図書館そのものがなかったのです。
図書館の発見・前史
図書館は何をするところか、地域に、市や町や村に図書館があるとはどういうことか、そのことを私が学んだのは、私が通っていた学校や大学においてではありませんでした。
私が働いた5つの図書館での仕事を通して、そこで出会った一人ひとりの図書館を利用する人たちを通してでした。
私は東京で私立の4年制の大学を卒業後、国立の図書館短期大学の別科に1年間通いました。図書館短大はその後、図書館情報大学となり、2002年(平成14年)に筑波大学との統合で、現在は筑波大学図書館情報専門学群となっています。
私が図書館短大に入学したのは、1971年(昭和46年)で東京の日野市立図書館が1965年(昭和40年)9月に1台の移動図書館から図書館を始めてからまる6年がたっていた時でした。日野市立図書館は館長の前川恒雄さんのもとで、当時、破格とされた図書費(開館時500万円、翌年1,000万円)で、1台の移動図書館「ひまわり号」から図書館を始め、37ヵ所の駐車場を巡回し、初年度7ヶ月間の貸出が同規模の自治体の3.6倍、全国平均の3.9倍の利用がありました。翌年には移動図書館2号車の運行で駐車場を55ヵ所にすると共に2館の分館をつくり、以後、巡回先の利用者の多い所に順次、分館をつくり、私が図書館短大に入学した1971年(昭和46年)4月には、5館目の分館を開館していました。
日本で初めてリクエスト・サービスを始め、「いつでも、どこでも、誰にでも、何でも」利用できる市民の図書館として、以後の日本の公立図書館の在り方を根底から変える実践でした。中央図書館を開館したのは、私が八千代市立図書館で働き初めて1年が経ったとき、1973年(昭和48年)4月のことです。1977年(52年)12月には、6館目の分館、市政図書室を開館しています。
私が図書館短大に入学した1971年4月には、日本で今まで誰も見たことがない図書館の活動と記録的なおびただしく利用される図書館が、東京の多摩地域で生まれ、すでに6年間にもわたって活動していたわけですが、国立の図書館の大学であるというのに、そのことを語る先生に出会うことなく、公立図書館とは、誰のために何をするところかを学ぶことなく卒業したのでした。
図書館短大の前の私立大学では、自分の所属している学部に関係なく面白いと思う講義を聞いていました。他の大学にも勝手に聴講にでかけていました。そういう事を私がしていたということは、私だけでなくて、そういう学生たちが少なからずいた時代だったのだと思います。面白い講義だけを聞いていると、私にとって初めて名前を知る著者や本の話がでてきます。私はそれらの本を大学の図書館や各学科の図書室で読んでいました。ですから大学図書館が私にとっての図書館でした。
図書館の発見
初めて図書館員となった八千代市立図書館は私にとって、大学卒業後に最初に就職した仕事の場であっただけではなく、いきなり図書館と出会った場でもありました。八千代市の図書館はかつて中学校の校舎の1角を図書館にしたもので、2階にそれぞれ1教室分のスペ-スの児童室と図書館の事務室、3階に2教室分のスペースの一般室がありました。古い建物のとても小さな図書館でしたが、移動図書館「みどり号」が、市内の小学校や団地の集会所、昼食時間時の工場前などを巡回していました。
図書館で働き始めて最初の強烈な印象は移動図書館での仕事でした。移動図書館の何たるかも知らず、初めて移動図書館車に乗って出かけて行った先々で、待ちかまえている人のおびただしさ、団地の集会所や小学校の校庭では長い長い列ができていました。図書館トハ、コンナニモ利用サレルモノカ、それは私が初めて眼にする光景でした。
「図書館ガアルトハ、図書館ノ看板ガ下ガッタ建物ガアルトイウコトデハナイ、ソノ町ノ誰モガ、ドコ二住ンデイテモ利用デキル態勢ガデキテイルトイウコト。」(菅原竣)
リクエストについても、八千代の図書館で初めて経験したことでした。用意できた本を
手渡す時に示される深い感謝の思いのこもった振る舞い、そのような場に接するたびに、一人ひとりにその求める本を手渡すことがどういうことか、底深い何かが私の中に染みこんでいったように、今にして思います。利用者の求める本は、草の根分けても探しだして提供する。それが図書館のもっとも基本的な仕事であることを、いきなり体を通して教えられたのです。図書館で利用され、リクエストされる本の世界の広さと深さに驚かされる日々の中で、それに一つ一つ応えていくことが、一人ひとり、そしてみんなの図書館をつくり、地域の図書館を創り育てていく・・・それは私にとって、「図書館の発見」ともいうべき出来事でした。
今から考えますと、千葉県の古い建屋の小さな図書館で、その時、移動図書館が走り、リクエストサービスが行われていたのは、1965年に活動を始めた日野市立図書館の影響によるものであったことがわかりますが、国立の図書館の大学に通いながら、日野市立図書館の実践をまったく知ることなく卒業した私は、最初の図書館の仕事場で、そのときも日野市立図書館のことを知らないままで、日野市立図書館が切り開いた道と出会っていたのだと、今にして思うことです。
2.『本の予約』って何だろう
八千代市の図書館を退職して19年後の1993年(平成5年)に出版された『本の予約 図書館で読みたい本がかならず読める』(森崎震二・和田安弘編、教育史料出版会 1993.7)
という本の中の「第3章 予約の実現をめざして」で、幾人かの人が執筆している中で、私は「わたしの・みんなの・地域の図書館―1冊の本の予約から」と題して次のように書いています。私にとっては3館目の図書館となる、福岡県の苅田町立図書館(人口34,000人)が開館して4年目のことでした(1990年5月、開館)。
「利用者にとってのカウンターの、この途方もない《しきいの高さ》を職員として感得し、なぜそうであるのかを考えることから住民の役に立つ図書館づくりは始まるのではないでしょうか」
「それに・・・・と考える。図書館にある目の前の資料ですませるのではなく、その人が読みたいものを、その人が住む地域の図書館で確実に手に入れていくということは、その人の願いや楽しみを実現し、その抱えている問題をみずから住む地域のなかで解決する手立てを作っていくことではないかと・・・・。
図書館での求める本との確実な出会いが、一人ひとりの世界を広げ深め、一人一人の暮らしのなかでの疑問や問題を解決する糸口となることで、その地域を住みよい地域にしていくことに連なっていくのではないか。それは、一人一人の利用者が図書館を日々の暮らしに欠かせないわたしの図書館として生涯にわたって利用し、育てていくことから始まるのではないか。その一人ひとりの暮らしを高めるわたしの図書館の無数の連なりから、地域みんなの課題に応えるみんなの図書館、地域の図書館が生まれてくるのではないだろうか。
このように考えるとき、地域の暮らしに役立ち、地域とともに育つ図書館づくりの始まりは、この本を読みたいという利用者の声から、つまり一冊の本の予約から始まるといえるのではないでしょうか」(p.229~230)
(1)予約の前提は・・・計画的な資料の収集(資料費の継続的な確保)
“予約・リクエスト”について考えるとき、いつも大事なことだと考えてきたこと。
先にふれた、『本の予約』の本の中で私は「予約の前提は豊かな蔵書」ということについて書いています。
「読みたい本がないときは予約してください」と図書館の利用案内に「いくら書いてあっても、(略)やっと出かけていった図書館の書棚があまり変わりばえせず、魅力のないもので、その人の関心に応えるものがなく手ぶらで帰るような状態であれば、せっかく図書館に向けられた足も遠のいてしまうだろう。」
「図書館へ行けばなにか面白い本がある。調べたいことがらについての資料にかならず出会える、そのような期待と信頼を利用者が図書館に対して持つことができるかどうか。(略)そのような図書館の状況をつくりだすことが予約の前提として欠かせないのではないか」「苅田町では、(略)小さな自治体だからこそ、ある一定規模の蔵書と計画的な収集がなにより大切だと考えて、開館以来、町民一人当たり資料費を毎年1,100円以上計上し、年間に日本で出版される図書の約60%、約24,000~25,000冊を購入している。資料費は年間約4,000万円である。(1990~1994年までの人口当たり資料費の全国平均は、232円、248、257、272、280円)(略)自治体の一般会計の1%をまず図書館費にする、そこからすべての住民が利用しはじめる図書館活動が始まる。」と書いています。
ちなみに、私が苅田町の図書館を退職し、滋賀県の人口23,000人の町の能登川町で、図書館と博物館の開設準備室で働き始めた1995年(平成7)年のいくつかの図書館の資料費をつぎにあげてみました。注目していただきたいのは、人口当たり資料費の自治体間での大きな違いです。
【1995(平成7)年度資料費・予算 自治体間の大きな格差 】『日本の図書館1995』
・ 苅田町(人口33,900人) 4館 4,481万3,000円 (人口当たり1,314円)
・ 福岡市(人口122万1,000人)9館 9,712万5,000円 (人口当たり80円)
・ 豊田市(人口33万2,000人)1館 5,733万7,000円 (人口当たり173円)
・ 町田市(人口35万6,000人)6館 1億2,723万9,000円(人口当たり357円)
・ 浦安市(人口11万9,000人)8館 1億5,626万5,000円(人口当たり1,313円)
・ ※図書館設置自治体人口当たり資料費・全国平均 269円
・ 愛知県立図書館(人口671万5,000人)1億968万円 (人口当たり29円)
・ 滋賀県立図書館(人口126万人) 1億6,328万円 (人口当たり130円)
・ 福岡県立図書館(484万9、000人) 8,728万円 (人口当たり18円)
・ ※都道府県立図書館・人口当たり資料費・全国平均 34円
(2)もう一つの、予約の前提
この“予約の前提”に、もう1つ重要な前提があることに気づかされたのは、1995年
から滋賀県能登川町の図書館・博物館(当初は資料館と言っていました。)の準備室で働き始めたときでした。1980年に滋賀県立図書館の新館の開館が予定されていた頃に、当時の滋賀県知事、武村正義氏の強い意向の下、滋賀県教育委員会文化振興課長だった上原恵美さん(労働省からの出向:課長の辞令をもらった途端に、知事から「館長をさがせ」と命令をうける。)の働きで、東京の日野市から滋賀県立図書館長として前川恒雄さん(当時日野市企画財政部長)を招へいされていました。前川さんが1980年に滋賀に来られてから15年が経っていました。その15年間で前川さんは、県立図書館長として、「県立図書館とは、何をするところか」を明らかにする実践を、県内の市や町の図書館と深い信頼感を培い、連携協力の中で行っていたのです。
「県立図書館の基本的な働き(機能)、その役割は、県内の公立図書館を支援すること」にある。県立図書館は県内公共図書館のためにある。なぜなら、県民が日々の暮らしの中で、実際に図書館を利用するのは、一人ひとりが生活している市や町、村の図書館だからです。
私が初めて見る「県立図書館の姿」でした。県内の図書館からの「リクエスト」には、「なんでも」こたえる。そのために1億円を超える資料費を確保するとともに、県内の図書館に週1回の周期、準備室には月1回の周期で協力車が、県立の職員が同乗して走っていました。(福岡県立図書館で、実質的に県内の図書館への協力車の運行が行われたのは、2009年(平成21年)で、私が苅田町を去ってから14年後のことでした。「相互貸借の搬送方法を協力車による拠点間方式から、各市町村中央館への宅配方式に変更」)
県内の図書館の支援ということが、資料の収集やレファレンスなど、すべてにわたって徹底して行われていることを感じさせられました。また、県の公共図書館協議会の会長は、県立の館長ではなく、市立や町立の館長がなっていることにも目をみはりました。(現在でも、都道府県立図書館の協議会の会長はほとんどが、都道府県立図書館長です。その当時、滋賀県内では唯一の村である朽木村には図書館はありませんでした。)
現在、私は一人の利用者として、いくつかの図書館(糸島市、伊万里市、福岡市など、時折県立図書館)を利用していますが、図書館の本棚の前に立つ度に、“予約の前提”として〈資料費の確保とよりよい選書(よく選ばれた本があること)〉に加えて、県立図書館の働き(県内の図書館への支援を県立図書館の基本的な役割としているか)が、利用者を手ぶらで帰らせないためにどんなに大切なことかを切実に感じています。
※ 「愛知県の県立図書館と滋賀・鳥取・岡山・福岡県立図書館の比較表」2017(平成29)年度 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・※資料1
3.図書館が図書館として機能するために
(1)図書館費はどれだけ必要か
首長(市長、町長、村長)が、図書館をどのように考えているか(首長の力)
どれだけの図書館費が必要か
滋賀県の図書館づくり・・・館長の確保から
いずれも図書館準備室のときから関わった苅田町でも、能登川町でも、力をつくしたのは、図書館費1%以上の確保でした。ほんものの図書館を実現していくために最も大切な専門職員(数)と資料費の確保、そして全域サービス網の整備に直結しているからです。私が職員でいた時の苅田町では町の一般会計予算の1.3~1.6%、能登川町では1.6~1.7%でした。
1990年5月に開館した苅田町では、開館記念の集いの挨拶のなかで「図書館を使ってものごとを考える事のできる町民になってほしい」と語った沖勝治町長は、図書館開設準備課が発足したばかりの1988年の12月議会の一般質問で「図書館開館後の維持管理費と図書購入費」を尋ねられ、次のように答弁をしています。
12月議会の事前に行った浦安市立図書館の視察を踏まえて、「図書館の活動を支えるものとして二つの指標が重要である。」と述べて、「日本図書館協会では一般会計の1%を計上すれば日本で有数の図書館ができるということで、まず、1%の経常費を提案したいと思っております。(「浦安市は昭和62年度予算、一般会計191億円、図書館費3億1,300万円で、1.6%」と述べて)苅田町においても図書館の町民生活に果たす役割の重要さを認識し、一般会計の1%を目安として考えてまいりたいと思います。第二の資料費の問題であります。住民にとっての図書館の魅力は、何といいましても豊富で新鮮な資料があるかどうかにかかっております。浦安市の住民一人あたりの資料費は昭和61年度予算で見ますと1,173円で全国で群を抜いています。第2位が成田市の829円、浦安市と人口同規模の市で貸出一人当たり第10位までの市において、600円を超える市は4市であります。
苅田町では人口当たり600円を下回らない資料費をまず計上してまいりたいと考えております。この2つの条件をまず整理しまして当面の目標として、町民の30%の登録の実現を図り住民に役立つ図書館づくりを目指す所存であります。」
また、この答弁の前に「人件費につきましては、開設予定年度の昭和65年度(1990年度)は8名を予定しておりますが、内訳としては正職員5名、臨時パート職員3名であり2,600万円程度を見込んでおります。」
「年度ごとの計画的な図書購入費については。計画案によりますと開設時、昭和64年度予算で4万冊を購入し、昭和65年度は1万5千冊、昭和66年度以降は1万2千冊を追加していく予定をしております。購入費は年間2千万程度になろうと思います」と述べて図書館計画に則った答弁をしています。実際には、開館初年度の利用は計画の2倍近くあり、登録は約43%であったことをふまえて、資料費は毎年4千万円を上回ることが、沖町長が町長を3期で退任する1998年度まで続きました。
市長や町長が、“見るべき図書館”を見る、視察、見学することの大切さ、事務方の職員には、そのような場をつくることの大切さを、あらためて思います。沖町長が浦安市の視察から帰ってからされた事は、図書館開設準備にあたる準備室をきちんと立ち上げ、図書館経験者のスタッフをそろえたことでした。(1988年12月、準備室。1990年5月開館、開館時の私の辞令は、館長事務取扱い、奉仕係長でした。)
21年前の小さな町の議会での一般質問に対する町長の答弁を紹介しましたのは、町長や市長、自治体の首長の図書館に対する理解がどんなに重要であるかを、また、首長が図書館の働き、役割についてしっかりとした理解、認識をされた場合、図書館の整備の実現にどんなに大きな力を発揮できるかを、あらためて考えるためでもあります。
東京都の日野市で“「貸出し」を基本においた新しい図書館活動を日本で初めて実践した”前川恒雄さんは、1980年、滋賀県立図書館長として招へいされ、1991年3月までの11年間で、県立図書館は何をするところかを、その実践によって明らかにするとともに、「図書館の先進県」と呼ばれるようになった滋賀県の図書館の振興に決定的な役割を果たされましたが、県立図書館長の後任を澤田正春氏(北海道置戸町立、元図書館長、教育長)に託して程ない時期に、『図書館発展の方向―滋賀県の場合』と題する文章のなかで、次のように述べています。
「4.専門職
図書館のすべてにわたって、いい図書館を作ることはいい図書館を見ることから出発する。いい図書館には必ずすぐれた職員、有能な図書館長がいる。そのことが分かれば、図書館を作るときに何をすべきかがわかるのは自然な筋道である。図書館を設置するために見学にきた人々に、こんな館長こんな司書がほしいと思わせた人々の力が、滋賀県の図書館をつくり、他の府県の館長人事にも影響を与えたのである。結局すべては人である。」
【『滋賀の図書館 '93』 滋賀県公共図書館協議会 1994(平成6)】
前川さんが滋賀県立図書館長として招聘された1980年には滋賀県内の公立図書館は50自治体中、水口町、彦根市、大津市、守山市、野洲町、今津町の6市町で、全国的にみて最低位に近い状況でした。県立図書館が支援すべき市町村の図書館自体があまりに少ない状態だったのです。こうした中で、前川さんは県内の図書館の設置率を高めることに力をいれるのではなく、1館、1館、本物の図書館づくり、一定水準以上の図書館サ-ビスの実現に力をつくしました。このため、市や町で図書館づくりを始めるにあたっては、準備室の設置と、その準備室に将来館長となる人を準備室長として招聘することに力を注いだのです。将来館長となる人の確保から始めることこそ、図書館づくりを始めるに当たって肝心要のことと考えていたということです。
(2)一般会計(市の総予算)の1%以上の図書館費を
『豊田市中央図書館 事業概要 30年度版』(平成29年度の事業実績;ネット版)によれば、平成30年度予算では図書館費は9億3,083万円で豊田市の一般会計予算1,803億円の0.5%です。指定管理の委託料が5億9,538万3千円の中に含まれているものと考えられます。30年度の予算には、平成29年度にはなかった「負担金、補助及び交付金」が2億881万5千円が計上されています。また、「使用料及び賃借料」が29年度より、4,379万6千多い1億139万円になっています。この増額は30年度だけのものでしょうか。29年度の図書館費は7億2,784万4千円で、30年度より2億298万6千円、約29%の増額の予算となっています。経常的な図書館費の額を把握することが大切です。
さらに、図書館費には含まれていない、教育行政部の「図書館管理課」には、課長、副課長、職員4の正職員6人と特別任用職員2人がいると、『事業概要』の「組織」の項に記載されていますが、その人件費は一体いくらでしょうか。これらを含めて実質的な「図書館費」の把握が必要です。
「図書館管理課」についていえば、多額の税金を投じて6人の人件費にあてているわけですが、その人件費のもっとも効果的な使い方は、「図書館管理課」にではなく、図書館の中に、その職員を配置して、その業務に当たらせることだと思います。図書館の現場から離れた所で、日々図書館で起きていることを知らない環境の中で、ほんとうに「図書館の管理」ができるのでしょうか。多額の人件費をあてて、「図書館の管理」を担当する職員として課長、副課長という2人の管理職を、教育委員会に配置しているのに、その配置先が図書館ではないとは、図書館に必須の管理職(図書館長を含めて)の業務が十全になされていないことになっているのではないでしょうか。税金の使われ方の面からも考えるべきことではないかと思います。
日本図書館協会が2006年に公表した『図書館からの政策提言』(2012年改正)は、すべての市民が生涯にわたって、「いつでも」「どこでも」「だれでも」「どんな資料でも」利用できる図書館、専門職の経験豊かな館長と、専任の司書が配置され、市内のどこに住んでいても、誰でも利用できる図書館サ-ビス網を整備した図書館を、自分たちが住む地域で実現していくために欠かせない要件を示していて、私たち市民が目指すべき指標を明らかにしている重要な提言だと私は考えていますが、(『豊かな文字・活字文化の享受と環境整備―図書館からの政策提言』、「1.公立図書館の整備」で7つの提言)その3つ目の提言
はつぎの通りです。
「3 市町村立図書館の運営経費(人件費を含む図書館年間総経費)は、市町村の普通会計歳出総額の1%以上を措置し、資料費はその20%(普通会計歳出総額0.2%)を充てること。(略)
一定のサービスを提供している図書館を経年的にみると、人件費を含む図書館の総経費はその市町村の普通会計総額の1%以上をおおむね措置していることがいえます。また資料費については、図書館総経費の20%を措置しています。これを指標として図書館予算を措置することを求めることは無理がない、と考えます。(略)」
「5 公立図書館に専任の司書を配置すること。
利用者の要求に応えるためには、図書館資料を駆使できる能力をもち、図書館の機能を発揮できる十分な経験を積んだ司書が必要です、(略)」
「6 公立図書館に司書資格を備えた専任の図書館長を配置すること。
図書館長には、「図書館の管理運営に必要な知識・経験を有し、図書館の役割及び任務を自覚して、図書館機能を十分に発揮させられるよう不断に努める」こと、および「司書の資格を有する物が望ましい」とされています。(「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」)。(略)
(3)豊田市の図書館費が0.5%というのは、どういうことか
豊田市において、市の一般会計に占める図書館費の割合が0.5%であるということは、豊田市民の「だれでも」が、「なんでも」利用できる環境整備が、半ば以前であることを示していると考えられます。その実際の内容については後段でふれますが、その最大の要因は、職員体制としかるべき分館、移動図書館による全域サービス網が整備されていないことにあると考えられます。
市民のだれもが、今、住み、暮らしている地域で、一人ひとりよりよく生きていくためには、生涯にわたる学びが欠かせません。私たちは今、私たちの衣・食・住、暮らしに関わるすべてのものを、地域でまかなうことができない、日々の暮らしが世界各地のありようと深く結びついた社会に生きています。政治や社会や経済、環境の在りようも、地球大のものさしで考えなければならない時代に私たちは生きています。このような時代、社会にあっては、自ら住む地域で市民一人ひとりがよりよく生きるために役立つ、市民の生涯にわたる学び(自己学習)を保障する場が必要です。
図書館は子どもからお年寄りまで、すべての市民の生涯にわたる学校(学びの場)であり、地域のコミュニティの場(集いと活動の場、出会いと憩いの場)でもあります。
すべての市民のための学校である[図書館]は、市民の生活圏(中学校区)になければ、「だれでも」が利用できません。市内のどこに住んでいても、だれもの「学び」を保障するためには、分館や移動図書館(ステーション)を適切に配置して、市民の身近に図書館があることが必要です。自治体の財政がきびしいからといって、子どもたちの教育の場をなくす自治体はありません。図書館は学校と同じように、一人ひとりの自ら考える力、生きる力を育てることを目的とする場です。「人が自立(自律)してものを考え、判断して生きて行けるよう援助する」(竹内悊氏)図書館は、地域の一人ひとりに、よく生きる力を育てて、地域を耕す力を育みます。
また、市民の図書館である「学校」には、「病院」や、いわゆる「学校」が、そうであるように、医師や看護師、あるいは教職員が、責任をもって働けるような専門職員の体制が欠かせません。市民に信頼される専門職としての力量は、いずれも継続的な仕事の積み重ねによる経験の蓄積から生まれるものです。不安定な雇用からは生まれません。正規職員がわずかで、病院長も学校長も、また職員の大半が非正規の職員である「病院」や「学校」を信頼できるものとして考えることができるでしょうか。
税金は、「われ・ひと」みんなのために役立つものをつくり育てるために、市民がそれぞれの労働や様々な活動の営みの中から捻出しているものです。本当に生きた税金、市民が出し合う税金の意味が、心から感じられるような使い方がされているか、「図書館費1%以上」かどうかは、そのことを計る大切なものさしの一つであると考えます。
4.「望ましい基準」のこと
(1)「望ましい指標と数値目標(基準値)」について
日本図書館協会が発行している月刊の『図書館雑誌』では、毎年5月号で、「数字で見る日本の図書館」というページがあります。2019年5月号に掲載されたそのページの「貸出密度上位の公立図書館の整備状況・2018」には2017年度(平成29年度)の政令指定都市と特別区(東京23区)を除いた、全国の公立図書館の「各人口段階の貸出密度(住民一人当たりの貸出資料数)上位10%の市町村の平均数値」が24の指標ごとに、のっています。
図書館を設置する自治体の人口段階を「~0.8万人」から「30万人~」まで、14段階に分けて、各人口段階別の貸出密度が(住民一人当たりの貸出資料数)が上位10%の市町村の平均数値が、各指標ごとに示されています。例えば豊田市は人口段階別では、「人口30万人~」に入り、人口30万人以上の市で図書館を設置している自治体は、全国で51市です。この51市のうち、市民1人当たりの貸出点数(貸出密度)が上位10%、実際には6市の指標ごとの平均数値を掲載しているわけです。
24の指標とは「図書館数」、「自動車図書館数」、「専任職員数」、「司書率」、「蔵書冊数」、「図書年間購入冊数」、「新聞・雑誌年間購入種数」、「人口当たり貸出点数」、「予約件数」、「図書館費」、「資料費」、「人口当たり資料費」などです。
それぞれの図書館で図書館計画を作るにあたり、何を指標(目指すべき目標)とするかを定める時に、参考となる重要な指標が示されています。「資料2」は、図書館雑誌の指標にもとづき、豊田市の2017年度の実績で作成したものです。私が独自に提案している指標「中学校区設置率」(図書館数と公立図書館数が1:1を100%として算出)を最後に加えています。
そこにある考え方は、全国の公立図書館間に、図書館の体制、サービスの内容に、非常に大きな格差があり、しかも大半の図書館のサービスレベルがあまりにも低いため、貸出上位10%の図書館の平均値をとって、ようやく、基準値(参考値)として意味をなすということであると思います。
※ 資料2、『図書館サービスの望ましい指標と豊田市図書館の比較』2017年度(以下『比較表』という。)
私は『図書館雑誌』の5月号に掲載される“「貸出密度上位の公立図書館の整備状況・ 年」について”を見るたびに、あらためて今から19年前の2000年(平成12年)に、日本の公立図書館では「“本物の図書館”は全体の5%ほどしかない」と言われた菅原竣さんの言葉を思い起こすと共に、図書館をめぐる状況が年々一層きびしくなっていると痛感しています。
【菅原竣さん(1926―2011.6.24;日本図書館協会に25年間勤務、1978年、図書館計画施設研究所を始め、全国の100をこえる図書館の図書館建設計画に関わり、図書館づくりの現場に、日本でもっとも多く、もっとも深く関わった。また全国各地の図書館づくり住民運動にとってかけがえのない活動をされた。2000年1月、月刊誌『アミューズ』(毎日新聞社)の誌上での発言。「“図書館にはDNAが大事です”日本の図書館は、3タイプに分けられる。①図書館という看板の下がった役所(全体の半分以上)、②無料の貸本屋(残りの70~80%)、③本物の図書館(5%)。しかも、当初③であっても、①②化していくケ-スが珍しくない。」)《D=ディレクタ-=名前だけの館長ではなく「図書館長の職務を果たす」図書館長、N=ニューブック=新しい本、A=アトラクティブ=魅力的な職員》】
(2)「望ましい基準」・・・図書館法の制定から公示までに51年、その経緯について
1950(昭和25)に公布された「図書館法」の制定は、「公費による設置・運営、無料公開の原則」という、「パブリック・ライブラリーを初めて制度化する日本の公立図書館の歴史の中で「画期的な転換であった」とされ、以後「法の理念を具現化すべく重ねた多くの関係者の努力が、めざましいその発展を生み出してきた」とされる一方で、サービスの格差が広がり、「本物の図書館」は5%という現在の在りように至っていると私は考えています。図書館の職員体制や全域サービス網の整備の実態、各館でのサービスの実際を見て、これが同じ図書館と言えるだろうかと思えるほどの大きな格差を生み出した大きな要因の一つが国の図書館政策の不在にあると考えられます。
実は、自治体間でサービスの格差が生まれるということは、図書館法の策定にあたった文部省の担当者自身が考えていたことでした。公立図書館の設置は条例に基づいて自治体が行うものですが、その際、自治体が独自に図書館の設置、運営をすすめると、しっかり取り組む自治体と、そうでない自治体がでてくるだろうと文部省の担当者は考えたのです。このため、自治体間でサービスの格差が広がるのことがないように、どの地域でも一定水準のサービスが行われるようにするために考えられたのが、図書館法の第7条の2、「設置および運営上望ましい基準」(以下「望ましい基準」)の規定でした。「文部科学大臣は、図書館の健全な発達を図るために、図書館の設置及び運営上望ましい基準を定め、これを公表するものとする。」
法制定時は、文部科学大臣ではなく、「文部大臣は」でしたが。「基準」という考え方、その条文を定めたことは、とても重要なことであったと考えます。しかし、実際に「望ましい基準」を策定し公示したのは2001年(2012年・改正)、図書館法の制定から51年後のことでした。しかもその際、基準を具体化していくために重要な「指標」や「数値目標」は示されませんでした。それは「望ましい基準」を実現するための財政的措置を国がとらないということでもあります。図書館法制定後、51年を経て、なお一貫してと思える国の図書館政策の不在、欠落を示すものでした。このため、図書館法策定に関わった担当者が危ぐした通り、その50年の間に図書館サービスの格差のすさまじい図書館が各地に生まれて来たわけです。
しかも、ようやく公示された『望ましい基準』には、「指標」や「数値目標」が示されなかったため、『望ましい基準』としての有効性を発揮することが大きく期待できないことを、『望ましい基準』公示後の、図書館の状況が示していました。『望ましい基準』の策定、公示が現実的に公立図書館の現況を変える動きを生みださなかったからです。こうしたことを踏まえて、2006年、文部科学省の「図書館の在り方検討協力者会議」が、指標を定め、人口段階別に貸出上位10%の図書館の平均数値を具体的な「数値目標」(実際には基準値、参考値)として提示し、以後、日本図書館協会が毎年作成し公表しているものが、先に述べた『図書館雑誌』の5月号で掲載されているものです。「望ましい指標と数値目標」を実際に策定するにあたって、人口段階別の「貸出上位10%の図書館」の指標ごとの平均数値を参考にして、図書館計画を策定することが、まず、各地の図書館に求められています。
(3)2つの道 どちらの道に進むか。
この「指標」と「数値目標」が公表された時、全国の図書館の対応は2つに分かれました。その指標と目標値を参考にして、図書館サービスの指標と目標値を定め、目標年次を定めて、その計画を広く市民に周知して取り組んだ少数の図書館と、有意義な「指標」と「数値目標」を含んだ図書館計画をたてることに取り組むことなく今日に至っている大多数の図書館とにです。
佐賀県の伊万里市民図書館(1995年7月7日開館)では、「望ましい基準」が公示された2001年の2年後に、図書館長の諮問機関である図書館協議会に諮問し、綿密な調査の上、「望ましい基準」を参考に、「伊万里市民図書館の運営目標値」、「伊万里図書館の望ましい運営と基準」(「数値目標」と「達成年次」を明示)を定め、毎年、図書館報『としょかん通信』などで、その進捗状況を市民に広く周知しています。伊万里市民図書館の取り組みで注目されるのは、図書館協議会に諮問して、そこで綿密な調査と熱心な協議を経て策定していることです。図書館協議会の本来的な役割をほんとうに果たす取り組みだと思われます。
※資料3 伊万里市民図書館『としょかん通信』令和元年 初夏号 第209号
さらに、指標の項目では、『図書館雑誌』(5月号、「数字で見る日本の図書館」)で提示されている24の指標以外に、新たに3つ、「新規図書冊数比(%)」(注:年間購入冊数の開架冊 数に占める割合)と「参考業務受付件数(レファレンス)」、及び「団体貸出冊数」を指標としている点が注目されます。いずれも大切な指標です。このように伊万里市の実態に即して独自に指標(と数値目標)を定めていることも、他の自治体においても範としたい取り組みです。
また「団体貸出冊数」を指標としているのは、伊万里市民図書館が、移動図書館2台で69箇所を巡回して全域サービスに力を入れるとともに、団体貸出にも力を注いでいるからです。平成29(2017)年度の実績をみると、「団体貸出の目標値」60,000冊に対し、実績129,675冊、達成率216.1%となっています。保育園や小中学校の各クラス、老健施設が対象です。伊万里の人口は55,313人で、豊田市の人口424,000人の13%(1/7.66 )ですが、豊田市図書館の同年度の「団体貸出数」53,000点の2.4倍という実績からも、そのことがうかがえます。伊万里市民図書館の「望ましい基準」を活用した取り組みは豊田市図書館のこれからを考える上で、大切なヒント、手がかりとなるように考えます。
(4)「望ましい基準」について考えていること
「望ましい基準」からみた豊田市の図書館の話に入る前に、『望ましい基準』について私が考えていますことを述べさせていただきます。はじめに、「身近に図書館はなかった」のところでも述べましたが、1988年12月1日から、私は福岡県の苅田町という人口34,000人の町で図書館開設準備課の発足時から、準備室長として町立図書館の開館準備にかかわりました。その時、全国の先進的な活動をしている図書館の実践に学びながら、全国トップクラスの活動をしている図書館のサービス水準をベースにして、町の図書館計画を作成しましたが、開館後の利用は、私たちの想定を遥かにこえるものでした。想定の2倍を超える利用を前にして、住民の方たちの図書館に寄せる思いや願いの奥深さを知らされました。図書館員である私が想定した図書館の在りようについて、思いの至らなさ、考えの浅さ!を思い知らされたのです。
図書館計画では1990年、開館時の利用を、登録25%、町民1人当たり貸出を6冊、5年後の目標を登録33%(町民の3人に1人の利用;1人が月2冊、年間24冊の貸出を想定)、貸出密度7.92冊としていました。1988年1月に作成した資料『2001年われらの図書館―すべての福岡市民が図書館を身近なものとするためには―』(福岡の図書館を考える会)では、当時、「貸出密度」が4.5冊以上の図書館名をあげていますが、7冊をこえていたのは市区町村立図書館で12館、うち9冊以上は3館のみでした。(北海道訓子府町
12.5、浦安市10.1、成田市9.6、置戸町8.9)
苅田町では、開館2年目には登録は50%をこえ、1990年度から、私が退職するまでの5年間の貸出密度は、10.0(11ヶ月間)、12.8、14.6、15.6、16.9という利用度でした。退職後の1999年には18.3冊でした。全国的にみて高い水準に設定した目標の2倍をこえる利用があった背景として私の在職時(1988.12~1995.3;開館は1990.5)に移動図書館と分館3館(40㎡が1館、250㎡が2館)による全域サービスの網の整備と、資料費4,000万円台、町民1人当たり1300円台の確保、そして職員体制の整備がありました。(参考:豊田市図書館2017年度;貸出密度7.4、分館0、人口当たり資料費214円、中学校区設置率4%:苅田町の中学校区設置率200%)
苅田町での経験を通して、『望ましい基準』に示された数値は、その数値に達すれば「望ましい」状態に達したことを示すものでは、決してなく、すべての住民の、生涯にわたる図書館利用に向けての、スタートラインにようやく立ったに過ぎない、と私は考えるようになりました。その基準値に到達した図書館には、「いつでも」「どこでも」「だれでも」(とりわけ図書館利用にハンディキャップのある人へのサービスなど)「なんでも」利用できる、すべての住民の生涯にわたる学びを保障する図書館づくりに向けて、さらなる取組みが待ち受けていると考えています。
ちなみに1990年に開館した苅田町立図書館では、『望ましい基準』が図書館法制定後、51年にわたって策定、公示されなかったため(公示は2001年)、この間なんども『望ましい基準』を作ろうという動きの中で、作成された、1972年の『望ましい基準(案)』(専門委員会案)や1992年の生涯学習審議会図書館専門委員会の「望ましい基準について(報告)」を図書館計画策定や運営上、参考すべきものと考えてきました。1992年の「報告」については、「数値目標として人口規模別の開架冊数を示し、その5分の1を年間収集冊数とすることを挙げるなど」積極的な内容を含むものでしたが、「この報告も文部省生涯学習局(当時)名による「通知」とされ、告示にはいたりませんでした。」文部省の不作為が繰り返されたのです。
【「望ましい基準」作成までの経緯について。①1967年、文部省に設置された委員会で作成されたが、文部省社会教育課長名による「審議会の報告送付」として、都道府県教委社会教育課長に送られただけで、告示にはいたらなかった。②5年後の1972年、図書館専門委員会で審議し、施設分科会長に報告されたが、その案は文部省の係官によって書きかえられ、翌年、社教審議会にかけられ、一応承認されたが、公示されないままで終わった。この経過から、『望ましい基準案』には、1972年の「図書館専門委員会案」と1973年の「施設分科会案」との2つがあることになりました。「分科会案」は担当した、当時日野市立図書館長の前川恒雄さんによると、「1972年9月12日の委員会報告に対し、文部省でほとんど全面的に書きかえられたため、ねばって最大限の訂正をしましたが、基本体制とサービス網が欠落したことは、どうも仕方がなかったということです。」(『図書館雑誌』67巻10号467頁;『図説 図書館のすべて・改定新版』図書館問題研究会編著.ほるぷ出版1985 )
また、『移動図書館ひまわり号』(前川恒雄、筑摩書房1988:〈復刊〉夏葉社2016.7)の「公立図書館の望ましい基準」の項に、その経緯について生々しいいきさつが書かれています。「基準」とは何かについて、前川さんの明確な考え方が示されています。
このため、『望ましい基準(案)』と呼ばれた、「専門委員会案」を、図書館によっては、これを『望ましい基準(案)』として活用しましたが(苅田町でも)、あくまでも“案”である、“案”にすぎないとして、図書館の計画や運営に活用する図書館は少なかったのです。1992年に生涯学習審議会図書館専門委員会で作成された『基準』についても公示されず、『望ましい基準(報告)』とされて、各図書館での対応は『案』と同じ道をたどったのでした。『望ましい基準』の策定にたいしての文部省の非積極的な対応がきわだっていたことを示すものです。
※資料4「苅田町立図書館のサービス指標」(1994年3月31日現在)
「他の図書館との比較」
(5)「専門委員会案」とは
専門委員会案がどんなものだったか。「望ましい基準」を、具体的に考えるための一助となることを願って、以下にその概要を記します。
「公立図書館の望ましい基準案」 (専門委員会案)
基本的態勢、市町村立図書館、都道府県県立図書館の三つに分けて基準を定めている。
基本的態勢
(1)すべての国民が、市町村の設置する“図書館の直接的サービス圏におかれるべき”こと
(2)“都道府県ごとに、わが国における主要な出版物のすべて、およびその他住民の多種多様な必要を充たしうる資料”の利用を可能ならしめること
(3)図書館相互および公民館・博物館等との協力連携
(4)図書館の専門職員の重要性、その待遇に対する配慮
(5)資料を“責任をもって選択すべき”こと、適切な整理、配置、利用方法をとること
市町村立図書館に関しては、
(1) 市町村は、本館・分館・移動図書館からなるサービス網によっておおわれなければならないこと
(2) 貸出が市町村立図書館の最も基本的な業務であり、住民の生活にやくだつためのサービスの水準は、
年間貸出冊数 人口の2倍 貸出登録人員 人口の15%
(注:1973年度人口当たり貸出冊数 0.37冊)
(3) 貸出冊数の半数またはそれ以上が児童図書であることが望ましい。
(4) 最低必要な年間増加冊数
市立図書館 人口千人あたり125冊 町村立図書館 2,000冊以上
(5)専門職員の数は、市立図書館 人口7,500人につき1人
町村立図書館 5人以上
非専門員の数は、専門職員の数の2分の1程度 など
※1981年(昭和56年)に始まった「滋賀県の図書館振興策」では、「望ましい基準(案)に規定された「年間図書収集(増加)冊数」を基準値として、基準を満たす市町村立図書館の図書購入費についてのみ3分の1の購入費補助を行うとした。これが市町村立図書館の資料費を大幅に引き上げる効果を生んだ。「望ましい基準(案)を活用した適例。
5.「望ましい基準」から豊田市図書館をみると
2018年6月10日に私は初めて豊田市をお訪ねしましたが、その時、『図書館サービスの望ましい指標と豊田市図書館との比較』(平成27年度/2015年度)という表(以下、「比較表」という。)を作成して持参しました。図書館の話で呼ばれて出かける時、私はいつもその地域の図書館と「望ましい指標」との比較表を作っていくのですが、その表から、その地の図書館の様子や直面している課題などが立ち現れてくるように思うからです。
あれから1年になりますが、今回、2019年5月現在で公表されている最新の統計である2017(平成27)年度の「比較表」を作成しました。この『比較表』は豊田市の活動の実態、実績を示す各指標を「望ましい指標・基準値」と比較して、その到達度を明らかにすることで、豊田市図書館のサービスの現状と課題を明らかにするとともに、豊田市図書館のサ-ビス計画の策定に資すること、策定に役立てることが、『比較表』を作成する趣旨であります。その趣旨に則り、『比較表』をより有効なものとするために、豊田市と人口同規模で、豊田市の図書館と比較することが有意義な図書館を、「もう一つのものさし」とすることとし、町田市立図書館を比較対照する図書館としました。なぜ町田市の図書館を選んだか。
2017年度では豊田市と人口同規模「30万人~」で図書館を設置している市は51市、そして51市の中で「貸出密度」(住民一人当たりの貸出資料数)が上位10%の市とは具体的には6市です(吹田市、町田市、豊中市、藤沢市、枚方市、高槻市)。そしてこの6市の図書館の17年度の実績を指標ごとに合計し、その平均数値を「望ましい基準値」(各指標)としています。このためこの6館の中には、当然、各指標を上回る館や指標よりも低い館もあります。
この6館に含まれる図書館の一つである町田市立図書館は、1965年に開館した日野市立図書館が切り開いた、「図書館革命」とも呼ばれた道を、多摩地域の図書館と共に歩んできた図書館でもあります。また、町田市は『図書館運動五十年―私立図書館に拠って―』(日本図書館協会 1981)の著者浪江虔氏(日野市の図書館計画の原案作成に協力、町田市内の地域文庫の支援や市立図書館の充実を要求する住民運動、日本図書館協会の理事他の活動)が活躍された地域でもあります。以上が町田市立図書館を、「もう一つのものさし」とした理由です。
※資料5「基本的な指標の確認から、2017(平成29)年度でみると(豊田市と町田市)」
※資料2『図書館サ-ビスの望ましい指標と豊田市図書館の比較』2017年度
この『比較表』は、1「人口」から25「中学校区設置率」まで、25の指標で作成しています。1の「人口」と(統計数値が不明な14「新聞年間購入種数」の2つの指標を除いた23の指標のうち、豊田市が「望ましい指標(基準値)」をこえているのが10。(そのうちの1つは、「委託・派遣職員数」235%、「専任職員」0)
(1)図書館を構成する4つの要素と図書館の活動を支える予算(図書館費)の7つの面から豊田市の図書館をみる
図書館を構成する3要素として、「図書館資料」、「図書館職員」、「施設」の3つがあげられ、優れた図書館サービスに果たす、3つの要素のウエイトは、資料20%、職員75%、
施設5%であるとアメリカの図書館界で、あるいは経験的にいわれています。それほど、資料と利用者を結びつける図書館員の果たす役割の大きさを示すものだと思います。
また、図書館を構成する要素としては、図書館の主人である「利用者」を欠かせません。図書館サービスの評価は、利用者である市民に、どのような図書館サービスをおこなっているかをものさしにして判定されます。また、施設がしめる貢献度が5%という場合の施設とは、建物や設備というハード面が主たる内容と考えられますが、私たちが、ここで言う「施設」とは、単なる建物のことではなく、分館、中央館、移動図書館からなる「図書館システム」のことを意味しています。
2017年度の豊田市の比較表を見る時には、1「施設」(No.1~4),2「職員」(No.5~9),
3「資料」(No.10~14)、4「利用者」(『比較表』のNo.15~17)、の図書館を構成する4つの要素と、これらの活動を支える税金による経費、5「図書館費」(予算No.19~24 )という5つの要素に分けてみていただければと思います。ここでは、主に1の「利用者」について見ながら、関連する他の項目(要素)にもふれたいと考えています。
(2)「利用者」(読者)・・豊田市民はどのように利用しているか。(2017年度・資料2『比較表』参照)
【『比較表』の15「登録者数」、16「貸出点数」、17「人口当たり貸出点数〈貸出密度〉」、
18「予約件数」】が、「利用者」を表す指標です。
①「登録者数」は・・・・望ましい基準の到達度205%が意味していること
豊田市の登録者数は351,800人で「望ましい基準値」174,092人に対し205の指数(到達度)、基準の2.05倍、一方、町田市の指数は247(基準の2.47倍)となっています。目標値の2倍をこえているので、かなり高い数値、登録であると思われるかもしれませんが、大切な点は、この登録者(登録率83%)のうち、豊田市民、及び豊田市への通勤通学者がどれだけあるかということです。また、利用カードを持つ市民のうち、その年度に実際に利用しているのはどれだけか、ということです。豊田市図書館はまず市民の図書館ですから、また、市はすべての市民に対し図書館サ-ビスを行う責務があります。市民の登録の実態を的確に市民に知らせる責任があります。
次の項で述べる「貸出密度」の豊田市の到達度は90%で、登録者の到達度205%の
44%と、半分以下となっています。登録者の統計数値が、実利用者(その年度に実際利用した数)を示すものであれば、豊田市の場合、登録者の到達度205%にみあった、もっと高い貸出密度になるものと考えられます。登録者と貸出密度の到達度の大きな違いは、登録をし、利用カードをもっていても、実際に利用できないでいる市民が多くいることを示すものと考えられます。
市民が歩いて10分のところに全域サービス網をつくり、豊かな内容の図書館サービスを実施している図書館のなかに、「登録者」の統計をとっていない図書館があります。(例えば、浦安市立図書館)利用者の中には、本館などで利用カードをつくったものの、図書館が身近になく、図書館を利用できない人たちが少なくありません。また、福岡県の例ですが、登録率が155%をこえ、貸出の59%が他の町や市からの利用というケ-スもあります。図書館によっては、何年間も貸出をしていない人も毎年、登録者としてあげている図書館もあるようです。『日本の図書館』の登録者の統計数値からは必ずしも実態がわからない現況があるのです。
登録者の統計を意味あるものとするためには、小学校区別の登録率、その年度に実際に利用した(実利用者)の統計をつくることだと考えます。そして、その際には、豊田市民の登録率の目標値を定めて取り組むことが重要です。
②「貸出点数」と「人口当たり貸出点数(貸出密度)」は
※ 以下、[資料6 「豊田市図書館 利用統計2013(平成25)~2018(平成30)年度
※ 資料1「望ましい基準(指標)、及び人口同規模の町田市との比較」を参照。
「貸出」は市民が図書館を利用する、もっとも一般的な利用方法です。図書館が市民にどれだけ利用されているかを表すもっとも基本的な指標が「貸出密度」(人口当り貸出点数)で、国の内外で基準の指標とされています。今、ここで述べている「比較表」の標題が「貸出密度上位の公立図書館整備状況・2018」に見られるように、貸出(密度)を基準にして作成されていることからも「貸出」をものさしとして市の図書館の在りかたをみることが大切なポイントです。
『比較表』別表2でみると、
豊田市:「貸出点数」3,153,000点、「到達度」90%;「貸出密度」7.4、到達度83%
町田市:「貸出点数」3,780,000点、「到達度」107%;「貸出密度」8.8、到達度99%
豊田市の「貸出点数」は町田市の83%で、627,000点少ない。627,000点というのは
豊田市の貸出総数の20%にあたる、大きな数値です。
③この格差を生み出しているものは一体なんでしょうか。
・中央館とその他の館の貸出の割合を見ると、
1.豊田市
中央館(12,567㎡)143万8,000点 46%
サービスポイント 171万5,000点 54% (2分の1をこえる、約1/ 2)
合計 315万3,000点
サ-ビスポイント32の内訳
(1)子ども図書室 (67㎡)
(2)コミュニティセンター図書室3(162㎡、298㎡、291㎡)
(3)交流館28
※ ネットワーク館の面積の内訳((2)と(3)をネットワーク館という
①50㎡以下 8 ②50~100㎡ 11 ③100~150㎡ 4
④150~200㎡ 4 ⑤200~300㎡ 4
2.町田市
中央館(5,262㎡) 141万5,000点 37%
分館7 236万7、000点 63%
合計 3,780,000点 63%
(自動車図書館3台74,000点、サービスポイント3:461,000点は各担当館に算入)
※7つの分館の床面積
260㎡、321㎡、429㎡、1,190㎡、1,230㎡、1,234㎡、1,500㎡
中央図書館の貸出は、床面積で約2.4倍の広さの豊田市(12,567㎡)が143万8,000点で
町田市(5,262㎡)141万5,000点(豊田市の98%の貸出点数)と大差ない。中央館以外の分館等の貸出は、豊田市が171万5,000点(全体の54%の貸出)、町田市が236万7,000点(全体の63%)で、豊田市が62万7、000点ほど低い貸出点数となっています。総貸出点数で62万7,000点の格差がありますが、そのすべてが、中央館以外の貸出によるものです。豊田市では、中央館以外のサービスポイントでの貸出が全体の54%で約1/ 2であるのに対して、町田市では63 %, 約2/3が分館等の貸出でした。町田市も全域サービス網の整備という点からは、中学校区設置率40%(図書館数8館÷市立中学校数20校✕100)で、まだ実に大きな課題を抱えていますが、それでも、豊田市の中学校設置率4%と比較した場合、10倍もの設置率となっています。
町田市の分館等の実績が示しているのは、豊田市では、身近に歩いて行ける所に図書館がないため、実際に図書館を利用できない市民が相当数いるということです。日常的に図書館を利用できない市民にとっては、図書館のないまちに住んでいるということでもあります。
④「予約件数」と「図書館間借受」件数から見えてくること
豊田市の図書館が直面している課題が露出!
まず《予約件数》から
『「本の予約」って何だろう』のところで、「1冊の本の予約」のもつ意味あいについて考え、図書館サービスの中で、「予約・リクエスト」が、どんなに大切で重要なものであるかについて述べましたが、豊田市の図書館の「予約」を統計数値からみると、豊田市の図書館の現況・実態と直面している課題が立ち現れてくるように思います。
2017(平成29)年度の実績から
「予約件数」=A 、「図書館間借受」=B とする。
※ 「図書館間借受」とは、図書館にリクエストされた本のうち、図書館に未所蔵でその
本が絶版や品切れ等の理由で購入できない場合、その本を所蔵している図書館(国立国会図書館や、県の内外の公立図書館;図書館によっては、大学図書館や研究機関等から相互貸借で借り受けること)
豊田市図書館
A「予約件数」中央19万4,700+サービスポイント24,000=21万8,700
「望ましい指標75万8,001」 到達度29% 中央は全体の89%
B「図書館間借受」1,695点 (指標なし)
町田市
A「予約件数」 合計63万4,000
中央館17万6千+分館7館45万7,900=63万4,000
中央館28%+分館72%=100%
「望ましい指標75万8,001」 到達度84%
B 「図書館間借受」10,969点
豊田市の「予約件数」は、218,700で、「望ましい指標(基準値)」758,001に対する到達度は29%、町田市は、634,000で、到達度84%、件数で豊田市の2.9倍、41万5,300件も上回っています。「貸出密度」と「予約件数」の到達度は、ある程度の相関性があると考えられますが、豊田市の「貸出密度」の到達度83%に対して、「予約件数」の到達度32%は、「予約件数」の低さが際立っていると考えられます。町田市の「貸出密度」の到達度99%、「予約件数」の到達度83%をみても、そのことが言えるのではと考えます。
⑤なぜ、「予約」が少ないのだろう
なぜ豊田市の図書館では、図書館サービスで、きわめて重要な「予約」が少ないのでしょうか。「予約」の内訳をみると、豊田市では、中央館で19万4,700件(全体の89%)、31のサービスポイント(子ども図書室を除く)で24,000件となっています。町田市との大きな違いは、中央館の予約件数が全体に占める割合です。豊田市の89%に対し、町田市では29%です。
中央館に比べて、はるかに小さなスペースで、開架図書の冊数、新刊購入冊数がより少なくても、それが市民の身近にあって、いつでも気軽に利用でき、読みたい本や探している本の相談に対応する司書がいれば、予約の利用が高まることを町田市の実績が示しています。町田市で分館等の予約が、全体の72%、約3/ 4近くを占めていることからも、そのことがうかがわれます。
豊田市の32のサービスポイント;24,000 件(全体に占める割合、11%)に対し、町田市の分館等では45万7,900件(全体に占める割合、72%、約3/4)、なんと19倍もの大きな格差があります。この格差の大きさを目にして、まずは心から驚くことが大事だと思います。見過ごしやり過ごしてはならない格差の大きさ、しかも、図書館のもっとも基本的な大事なサービスに関わる格差です。一体どうしてこのようなことが起きているのでしょうか。その格差を生みだしているのは何でしょうか。
そのもっとも大きな要因は、豊田市の貸出の54%を占めている31のサービスポイントの実態にあると考えられます。何より図書館の分館ではないため、肝心要の職員がいません。利用者がどんな願いや要望をもってきているか、それをききとり、その地域のひとたちの要望や地域の課題にかなう蔵書をつくっていくため、日々、人と本を知り、その経験の積み重ねで本を選ぶ力を育て、人と、そのひとに適う本を結びつける職員がいないのです。司書である専門職員のもっとも大切な仕事が選書、本を選ぶことにあります。その力は短兵急に身につくものではありません。継続的な日々の研鑽の積み重ねがその力を育てていくのです。本棚の前に立った利用者に、ここには、私の求めるものはないと思わせない選書、利用者を手ぶらで帰らせない選書の力を育むために力をつくす職員がいなくて、どうして魅力的な棚を作ることができるでしょうか。
小さなスペースであれば、魅力的な棚作りのために、職員にはより一層の細やかな取り組みが求められます。
⑥ 移動図書館図書館のこと、全域サービス、システムとしての図書館
豊田市と人口同規模の町田市と比較して、まず目を引かれたのは市の面積の大きな違いです。町田市71.5㎢に対し、豊田市は918.3㎢と約13倍の広大な地域であるということです。愛知県の面積の18%を占め、県内で最も広い面積の自治体です。これは2005(平成17)年4月の旧豊田市(290.1㎢)と周辺の4町2村(約627㎢)との合併によるもので、旧豊田市の3倍をこえる広さとなっています。〔名古屋市326.4㎢、岡崎市387.2㎢、豊橋市261.9㎢、京都市827.8㎢、東京23区面積627.6㎢、横浜市437.4㎢〕
豊田市の面積の約1 / 13の町田市では市役所の分室392㎡を図書館に改造して1970年3
月に町田市立図書館が開館しましたが、7か月後の同年10月に、移動図書館1号車をスタートさせ、翌年の1971年9月に2号車、さらに1972年10月に3号車をスタートさせ、以後今日まで3台の移動図書館が、50年に迫ろうという運行を続けています。また、この間、1974年6月金森分館(1981年、増築)、1976年7月木曽山分館、1977年10月鶴川分館、1983年9月堺分館、そして1990年11月に中央図書館、2012年10月鶴川駅前図書館、2015年5月忠生図書館を開館しています。
移動図書館は現在、1台に約3,500冊の本をつんで、2週間に1回の周期、1か所30分から50分間、65か所のステーションを巡回して、貸出、返却、予約サービスを行っています。
町田市が移動図書館を始めたのが、市立図書館を1970年に開館した年であり、翌年、翌々年に2号車、3号車と立て続けにスタートさせ、また分館を順次開館していったのには、町田市立図書館の開館当初からの明確な考え方、運営方針があることが伺われます。
日野市立図書館が切り開き、そのサービスの形を明らかにしていった「全域サービス」が、町田市立図書館の「運営方針」の柱としてあり、開館した年から「全域サービス」を目指した活動が始められていることです。
「全域サービス」とは何か。
1965(昭和45)に開館した日野市立図書館は、開館2年後の1967(昭和42)年3月、
『業務報告 昭和40・41年度』(日野市立図書館)を発行しています。開館後2年間
の業務報告です。どのような考え方のもとに、どのようなサービスを行ってきたか。その報告の最初に書かれているのが、
「 Ⅰ 日野市立図書館の方針
日野市立図書館はどういう図書館か
日野市立図書館の運営方針 」です。
「運営方針」は3つ掲げられていて、1つ目が「Ⅰ 貸出しの重視」、2つ目が「Ⅱ 全域サービス」、3つ目が「Ⅲ 資料が第一」です。2つ目の「全域サービス」は次のように書き始められています。
「日野市内のどこに住んでいようと、同じように図書館を利用できなければ市立図書館とはいえない。買い物かごを下げ、げたばきで利用きる図書館であって始めて「市民の」図書館と言えるのである。このためには市内の各所に分館や移動図書館の駐車場が必要になる。」 (略)
「この簡易な施設で市民のあらゆる要求に応えなければならない。この課題を解決する方法は、これらの分館や移動図書館が単独で働くのではなく、一つの組織の第一線として働くことである。水道の蛇口をひねれば貯水池から水が流れてくるように、分館や移動図書館の駐車場に図書が必要に応じて配分される態勢が必要なのである。この組織と態勢が日野市立図書館であって、一つの建物が図書館はない。
日野市立図書館の設置条例第二条に「図書館は中央図書館と分館よって構成される」とあるのは、このような組織としての図書館を規定したものである。」
苅田町でも日野市の例を範として、
【『苅田町立図書館の設置及び管理に関する条例』 平成元年(1990)12月21日 条例第43号
(構成)
第2条 図書館、本館及び移動図書館等の組織網によって構成する。】としています。
移動図書館図書館のサービスとはどんなものか。町田市で移動図書館が走り始めて48年目、2017年度の町田市立図書館の業務報告から見てみたいと思います。
【(2)移動図書館サービス】
図書館が身近にない地域へ図書館サービスを継続的に提供するために、移動図書館車(そよかぜ号)による巡回サービスを1970年10月から始めました。
現在はさるびあ図書館から2台で43か所、堺図書館から1台で22か所、合計65か所のサービスステーションへ2週間に1回巡回しています。
サービス開始当初は多くのこどもたちでにぎわっていた移動図書館ですが、最近は市民の高齢化を反映してお年寄りの利用も目立ってきており、わざわざ図書館まで足を運ばなくても自宅の近くで本を借りられるというメリットが生かされています。また、学童保育近くの移動図書館サービスステーションでは、その場で団体貸出も行っています。
なお、堺図書館では1か月に一度「日本聾話学校」にも施設巡回サービスを行っています。
2017年度には、1,446回の巡回貸出を行い、その貸出冊数は(団体貸出を含む)は」、76,888
冊となっています。
町田エコフェスタ等のイベントに参加して、市民の皆様に移動図書館を実際に見ていただき、図書館のPRも行っています。サービスステーションの見直しを行い、2017年4月より4か所の変更を行いました。】
〈『町田の図書館 2017年度(平成29年度)』町田市立図書館〉
「図書館が身近にない地域へ図書館サービスを継続的に提供するために、」
に目をこらしたいと思います。
⑦ 分館とは;分館を具体的にイメージするために
ここまで、何度となく、分館、分館と書いてきましたが、「分館」というものを、具体的にイメージしながら考えることが大切だと考えています。ほんとうは、分館の働きをしている図書館を見ること、できれば半日、そこにいて職員の動きや利用者の様子を見たり、また、できれば分館長や職員、利用者と言葉をかわせるといいのですが。今、どうすればよいかと考えて、その一助となることを願って、『日本の図書館2018』から町田市立図書館の記載箇所から、抜き出して書いてみることにしました。見にくいと思いますが、豊田市のそれと見比べていただければと思います。
その前に、
日本図書館協会の政策提言『豊かな文字・活字文化の享受と環境整備』(日本図書館協会、2006年;2012年改正)の「公立図書館の整備」での2つの提言を紹介します。
1. 市町村の図書館は、おおむね中学校区を単位とした住民の生活圏域に整備すること。
2. 地域の図書館は800㎡以上の施設面積でつくり、5万冊以上の蔵書をもち、3人以上の専任職員を配置すること。
分館の在りようを考える時の、大切なものさしです。この2つをものさしにして、豊田市のサービスポイントや町田市の分館をみていくことが、大事であると考えます。
下記の町田市の分館で注目されるのは、2000年以降につくられた3館です。
① c(金森)2000年:1,500㎡、職員3(うち司書3);非常勤・臨時16
貸出61万7、000点、予約12万6,300件。
② f(鶴川駅前)2012年:1,190㎡、職員4(うち司書2);非常勤・臨時14
貸出47万8、000点、予約10万3,100件
③ g (忠生)2015年:1,230㎡;職員4(うち司書3);非常勤・臨時13
貸出48万4,000点、予約61,700件。
2,000年、2,012年、2,015年と分館の整備を粘り強く持続していることです。しかも3館いずれも先に述べた『図書館からの政策提言』の趣旨に則ったもの、あるいはその趣旨に近い形を実現していることが注目されます。その成果が貸出点数や予約件数からもうかがわれます。
新しい3分館の床面積の合計は3,920㎡と、豊田市中央図書館(12,567㎡)の31%、約1/3の床面積ですが、3分館の貸出の合計は157万8,000点で、豊田市中央図書館の143万8,000点を14万点、上回っています。分館3館で、豊田市のサ-ビスポイントの24,000件の12倍の予約となっています。
身近な図書館(分館)が、いかに市民の生活圏の中でこそ利用され、必要とされているかを示すものですが、同時に今、豊田市では身近に分館や移動図書館がないために、どれだけ多くの市民が図書館を利用できないでいることをも示しているとも考えられます。
豊田市の32のサービスポイントは、広い所で、200~300㎡で、それに該当するのは4館のみ、あとの28館は200㎡以下の広さです。100㎡以下が19館です。そのことを念頭に町田市の各分館の広さ(床面積)や各項目を見ていただきたいと思います。
町田市立図書館 A=予約件数
町田市中央(5,262㎡)職員29(司書9)・非常勤・臨時49;貸出141万5千【A176千】
分館a(1,234㎡) 職員8(司書3)・非常勤・臨時13;貸出32万9千 【A65.6千】
(自動車図書館2台、貸出7,700 ;予約6,600 上記に含む)
分館b(260㎡) 職員3(司書1)・非常勤・臨時6;貸出18万1千 【A44.8千】
分館c(1,500㎡)職員3(司書3)・非常勤・臨時16;貸出61万7千 【A126.3千】
分館d(321㎡) 職員3(司書2)・非常勤・臨時8;貸出18万8千 【A36.8千】
分館e(429㎡) 職員4(司書2)・非常勤・臨時8;貸出 9万 【A19.9千】
分館f(1,190㎡)職員4(司書2)・非常勤・臨時14;貸出47万8千 【A103.1千】
分館g(1,230㎡)職員4(司書3)・非常勤・臨時13;貸出48万4千 【A61.4 千】
〔自動車図書館1台、貸出26,000 ;予約 5,700 上記に含む〕
〔サービスポイント3 貸出43,000 、予約35,300 各担当館に算入〕
合計図書館数8、職員58(司書25)・非常勤・臨時127;貸出378万:予約63万4千
「予約」内訳①中央館176千(28%)②分館7(45万7.9千;72%)
「図書館間借受」10,969
豊田市図書館
中央館(12,567㎡)職員(正規)0,委託派遣職員84;貸出143万8千 【A194.7千】 サービスポイント32 職員0 ;貸出171万5,千 【A24.千 】
合計 貸出315万3,000点、A予約;218,700
サービスポイント32の内訳
(1)子ども図書室 (67㎡)
(3) コミュニティセンター図書室3(162㎡、298㎡、291㎡)
(3)交流館28
※ ネットワーク館の面積の内訳((2)と(3)をネットワーク館という)
①50㎡以下、8館 ②50~100㎡、11館 ③100~150㎡、4館
④150~200㎡、4館 ⑤200~300㎡、4館
※ 200㎡をこえるのは4館だけ。全体的に狭いスペースが多い。
参考:町田市分館7館;260㎡、321、429、1,190、1,230、1,234、1,500㎡
ネットワーク館での予約件数ごとの館数
①100件以下、2館 ②100~500、8館 ③500~1,000、10館
④1,000~1,500、8館 ⑤1,500~1,700、3館 :合計27,500
※ 町田市サービスポイント3ヵ所で35,300で、豊田市の1.3倍。
ネットワーク館での貸出点数ごとの館数
①4,000~1万点、2館 ②1万~3万、7館 ③3万~5万、10館
④5万~10万、7館 ⑤10万~16万、5館
参考:町田市、貸出点数ごとの分館の館数
① 9万点台、1館 ②18万台、2③30万台、1 ④40万台、2館 ⑤60万台、1館
⑧「図書館間借受」件数について
「図書館間借受」は「予約件数」と密接な関わりがある指標なので、③「予約件数・・」と一緒に述べようと考えていましたが、豊田市の実績の数値をみて、項をあらためて述べることにしました。繰り返しになりますが、「図書館間借受」について再度の説明。
「図書館間借受」とは、図書館にリクエストされた本のうち、図書館に未所蔵でその
本が絶版や品切れ等の理由で購入できない場合、その本を所蔵している図書館(国立国会図書館や、県の内外の公立図書館;図書館によっては、大学図書館や研究機関等)から相互貸借で借り受けることです。
先の③のなかでは、「予約件数」をA,「図書館間借受」件数をBとして説明しています。
豊田市の「図書館間借受件数」は1,695点で、町田市の10,969点の15%でした。「予約件数の到達度の比較」(町田市32%÷84%✕100=38%)よりさらに低い、町田市とは一桁違うきわめて低い数値となっています。このことは、「図書館にない本でも、何でも」利用できるリクエスト・サービスというものが、市民にまだ広く伝わっていないのではないか、また、図書館が、それを図書館の基本的な仕事として、館長、職員が一体となって取りくんでいるだろうかという疑問を抱かせるほどの際立って低い「借受件数」であります。
2013年(平成25)から5年間の推移は
豊田市図書館利用統計・・・「望ましい基準」及び町田市との比較
「資料6」(『豊田市図書館利用 2013(平成25)~2018(平成30)年度』)は、実質的には2013年度(平成25)~2017(平成29)年度までの、①職員、②貸出、③予約件数、④図書館間借受、⑤図書館数などの統計数値の5年間にわたる推移を明らかにするため作成したものです。標題では「~2018(平成30)年度」となっていますが、2018年度の実績については、まだ公表されておらず、一部の項目について、直接、図書館に照会した数値を記載しています。また、2018年度の「望ましい基準(指標)」が公表されるのは、来年2020年5月に刊行される『図書館雑誌5月号』であるため、2018については「基準」による比較ができません。
この表で、2013年からの6年間の「図書館間借受」点数をみると、311、390、802、
813、1,695、1,300・枠内は2017年に指定管理者になってからの数値
と、直営であった2013~2016年にかけて、311、390、802、813と指定管理導入以後より
も低い数値になっています。先に述べた疑問、「図書館として、リクエスト・サービスを、図書館の基本的仕事として・・・」は、これらの数値を見ていたことにもよっています。 別表5でみると、専任職員と「うち司書数」では、2013年から、指定管理を導入した2017年までの推移は、2013年、22人【町田72】(うち司書3【町田36】)。2014年、20(うち司書0)。2015年、19【町田57】(うち司書2【30】)。直営、最後の年の2016年、
0【町田57】(うち司書0【町田25】。2017年、0【町田58】(うち司書0【町田25】
となっています。指定管理になる前の2013年から4年間の専任職員の推移は、22人、20人、19人、0人ですが、私が驚かされたのは、専任職員のうちの司書数です。2013年から、3人、0、2人、0と推移しています。20人前後の専任職員がいるのに、そのうち司書は、
3,0、2,0です。司書が専任職員の1/10,あるいは1人もいない状態が続いていたのであれば、「図書館の基本的な仕事」を館長、職員が一体となって行う態勢づくりは困難というほかない状態であったとも思われます。「予約件数」や「図書館間借受」件数のきわめて低い利用の大きな要因ではないかと思われます。
指定管理を導入した前年度2016年度の専任職員は0で、豊田市図書館のこれからを考え、図書館計画に反映していくことを、本来の仕事とする専門職員(司書)を一人もいない状態にして、指定管理を導入されたことが、この表の「職員」の推移が示しているように思われます。
「資料6」では、「貸出」と「予約件数」について、指定管理導入の前年度の2016年の数値を「指数100」として、その推移を示しています。
「貸出」では2013年からの6年間は、110、105、103、100、95、94
「予約件数・到達度」では、103、108、110、100、108
⑨「だれでも」・・・図書館の利用にハンディキャップのある人へのサービス
「墨字(普通文字)を読むことができない視覚障がい者、病院などの施設に入っていたり、在宅であっても、外出が困難な人々に対するサービス」は市民の学習権を保障する大切なサービスです。これについて、どのようなサービスが行われているか、豊田市と町田市の2017(平成29)年度の事業報告を以下に引用します。図書館の「だれでも」へのサービスの取り組みの内実を示しています。
・豊田市
《(14)障がい者コーナーの事業と実績 ① 点訳サービス ・点訳ボランティアによる資料の製作(60タイトル) ・中日新聞連載小説(53回分) ② 音訳サービス ・中日新聞ニュースの追跡(50回分) ・音訳ボランティア及び編集ボランティアによる資料の製作(48タイトル) ③ その他 ・「障がい者コーナーだより」(年12回発行) ・「録音だより」(年4回発行)「点訳だより」(年4回発行) ・相互貸借の実施(2,850冊) ・障がい者用機器貸出サービスの実施 ・対面朗読(17回) ・バリアフリー映画上映会の実施 開催日 平成29年9月30日 参加者 80人 ・障がい者資料の企画展示(市障がい福祉課との連携) 平成29年9月30日 目と耳の障害を知ろう みんなに優しい社会へ 平成30年3月21日 ~ 4月8日 みんなの夢で、まちを飾ろうプロジェクト》
『豊田市中央図書館 事業概要 平成30年度
・町田市
《(5)図書館の利用にハンディキャップがあり、次のいずれかに該当する方に対し各サービスを行っています。
① 視覚障がい等のため、墨字(一般の活字)のままでは読書が困難な方へ
音訳・点訳資料を、郵便等で貸出し・返却(郵送料は無料。中央図書館で電話等により受付・発送。来館貸出も可。)
・図書館内対面朗読室での対面朗読(予約制。中央図書館で申込み受付。)
2017年度の音訳・点訳資料の個人貸出数は2,281点でした。音訳資料にはテープ資料とデジタル資料(デイジー)があり、図書・雑誌とともにデジタ
ル化を推進していますが、テープがよいという利用者の要望にもできるだけお応えしています。
2016年度から、マルチメディアデイジー図書(音声と同時に、文字や画像が表示されるデジタル資料)の貸出を開始しました。学習障がい等のために墨時のままでは読書が困難な方にお借りいただけます。一部の作品は、どなたでも借りることができます。
また、同年度から「障がい者サービス情報紙よむぽん通信」(墨字・音訳版、
2017年度からは点訳版を追加)を製作し、音訳・点訳資料利用者に送付しました。2017年度までに第3号を発行しています。
②肢体不自由や寝たきりのため、来館が困難な方へ
・宅配サービス(宅配ボランティアが貸出資料を届け、返却資料を回収するサービス。原則、健常者のご家族がいない方に限る。)
宅配サービスは市民の方々に宅配ボランティアとしてご協力いただき実施しています。
2017年度は16人の実利用者に対し1,615点の資料を貸出しました。
また、音訳・点訳・宅配ボランティアの登録受付、音訳・点訳技術向上のための講座、音訳・点訳資料製作管理等も行っています。
《 『町田の図書館 2017年度(平成29年度)』 》
町田市の報告からは、つねにそのサービスを広げ深めていこうする図書館の姿勢が感じられるように思います。
6.地域に図書館があるということは
(1)苅田町立図書館での実践から
①苅田町立図書館・・・「どこでも」「だれでも」を目指して
本館開館(1990.5.12)前に分館(小波瀬分館)開館(1988.10.1)
2館目の分館(北分館、1992.6.2),3館目の分館(西部分館、1994..6.1)
苅田町は福岡県の東部に位置し、北は北九州市に隣接し東に周防灘、西に平尾台に連なる山々に囲まれた町です。私は1988年12月1日に図書館開設準備課が発足した時から(準備室長)1995年3月末まで勤務しました。苅田町立図書館は1990年5月に、正規職員6人で開館しましたが、前年の10月に、苅田町では副都心とも言うべき小波瀬地区に、社会教育課が主管で町内にコミュニティセンターの建設計画が進められていて、その1号館として小波瀬コミュニティセンターが開館しました。この施設の建設については、図書館準備課は十分な関与ができなかったのですが、その中に40㎡の図書室を、まだ本館は開館していませんでしたが、図書館の分館として開室しました。貸出方式はブラウン方式でした(2009年に80㎡に)。
1989年の12月議会で9条からなる「苅田町立図書館の設置及び運営に関する条例」を定めました。【①「この条例は、すべての町民の図書その他の図書館資料に対する要求にこたえ、自由で公平な資料の提供を中心とする諸活動によって、町民の生涯にわたっての自己学習を保障し、すべての町民の暮らしに役立ち、暮らしを高める、暮らしに根ざす文化の町づくりに資するため設置する苅田町立図書館の・・・」、②「図書館は、本館及び移動図書館等の組織網によって構成する。」、⑤の2「館長は図書館法(昭和25年法律第108号)第13条第3項に規定された資格を有するものでなくてはならない。」、⑥(利用者の秘密を守る義務)、⑦(図書館協議会)、⑧(地域図書館活動に対する援助)、他】
すべての町民の、生涯にわたる自己学習を保障することが、行政の責務であることを明示し、そのために、「システムとしての図書館」と「図書館長の司書有資格」が必須であることを、町民に表明するものでした。
苅田町立図書館は、「学び」「集い」「憩う」「すべての町民のための図書館(いつでも、だれでも、どこに住んでいても、何でも利用できる図書館)」を目指して活動を始めましたが、とりわけ、「どこに住んでいても」を実現することが、町民「だれでも」が利用できる図書館を実現するための要のことだと考えていました。町立図書館が開館した翌月の6月1日から、移動図書館「ふれあい」号」の巡回を始め、約2,500冊の本を積んで、2週間の周期で21ヵ所を巡回しました。
2館目の分館、北公民館図書室が開館したのは、2年後の1992年6月です。このときも、社会教育課との事前の協議が十分でなく、設計案が出来上がった状態で図面を見ることになってしまいました。図面では図書室の広さは150㎡となっていました。苅田町に来る前に私が1979年(昭和54)から8年8ヶ月勤務した、博多駅から歩いて10分ちょっとの所にあった財団法人博多駅地区土地区画整理記念会館の図書室の広さは232㎡でしたから、150㎡がどんなに小さなスペースであるかが私にはよくわかっていました。私たちは少なくとも250㎡が必要だと考えて協議をし、最終的には250㎡の図書室となりました。いったん出来上がっていた図面を設計変更したわけですから、社会教育課にとっては、大変なことであったと思いますが、よく受け入れてくださったと思っています。小波瀬は対象人口が約1万人で、それから2年後の1994年6月に開館した3館目の分館、西武公民館図書室は、対象人口が約3,000人の地域でしたが、図書室の広さについては北公民館図書室が前例となり、250㎡の広さとなりました。
②「今日、はじめて図書館にきました」
苅田町立図書館にとっては、職員(正職1、嘱託1)と蔵書数(開架図書数、開館時20,000冊、うち児童書7、000冊)でなんとか分館と言える第1館目が本館の開館から3年目に開館した北公民館図書室でした。(分館の1館目である小波瀬分館は実質的には分室との認識でした。小波瀬地区には、いずれその対象人口にふさわしい分館が必要だと考えていました。)
北公民館図書室が開館して程なくのことでした。その日私は開館して間もない分館に行き、カウンターにいた時のことです。一人の女性が来られ、「今日、はじめて図書館にきました」と言われたのです。その時は、本館が開館してまる2年が経っており、移動図書館も町内を巡回していましたが、車に乗らないその方にとっては、2キロ以上も先の図書館(本館)も、ふだんの暮らしの中で実際に利用できない移動図書館もないに等しいものでした。歩いて行ける北公民館図書室ができて初めて、その方にとって図書館が生まれたのです。“生活圏に図書館があるとはどういうことか”を体感する出来事でした。
町立図書館(本館)が開館して2年目の1991年度の貸出は、計画(貸出密度6.0)を大きく上回る12.5冊で、人口15,000人以上の市区町村立図書館の中では第1位の利用でした。前年度の統計(「日本の図書館1991」)では、全国の15,000人以上の町、市区立図書館1,685館の中で、貸出密度が10冊を超えているのは5館のみで、第1位は埼玉県鳩山町の12.04冊でした。しかし、町の図書館がどんなに全国一、利用されている図書館、県の内外から2,000人をこえる視察、見学者が来る図書館と言っても、自宅から歩いてしか行けない人にとっては図書館がないということだったのです。
③『図書館だより』から見えてくる“分館の働き・機能・役割”
北公民館図書室が開館して1年経って、『図書館だより〈くらしの中に図書館を〉』(1993.6.1 / 第33号)には、1面に「北公民館図書室の一年」と題して、「住民の身近にあって、いつでも誰でも利用できること、特に交通手段でハンディを持つ児童や主婦、お年寄りの要望を受け止めることができる地域の図書館(分館)として、期待をもって」開館した図書室の一年間の報告をしています。「児童の利用が8,656人と46%を占め、本館の33%を大きく上回って「子どもが歩いて行ける範囲にあること」という図書館サービスのあり方を実証したことになりました。貸出総数7万3,961冊は奉仕人口、9,466人の7.8倍に当ります。
さらに4ヶ月後の1993年10月1日の第37号には、「貸出十万冊 北公民館図書室」と題して、開館以来16月を経過した9月28日、図書室の貸出が十万冊を記録したこと知らせ、「放課後も利用できる子どもたち、買い物帰りの主婦、歩いて来館するお年寄りに支えられて、ここまできたのです。勿論、十万冊は通過点です。」と書いて、“分館”が地域の人にとってどんな場であるかを伝えています。
1994年7月1日、第46号。3館目の分館、対象人口3,000人の地区に開館した、西部公民館図書室がオープンして1ヶ月が経っての記事です。“児童サービスと分館”と題して。
【ここでの主役は「児童」です。住民の身近にあって、いつでも誰でも利用できることが「分館」の第一の存在意義です。地理的なハンディから、一人では校区外にでることが困難な白川・片島地区の児童にとって、休日は勿論、平日でも放課後の利用ができる公民館図書室(西部分館)の存在は大きなものがあるようです。
6月。この1ヶ月の児童の利用率をみると、「西部」のそれは64%であり、「本館」の25%、「北」の35%や「小波瀬」の41%を大きく上回っているのが分かります。『子ども自身の意志で自由に利用できる社会施設としての図書館』をはっきり表現してくれる数字だと思います。
『市民の読書要求を高めるには、児童を本好きにし児童を図書館に親しませることがもっとも確実な途であり、もっとも大切なことである。それには児童の身近なところに本を置くこと、つまり図書館を数多くつくることが必要である。』町立図書館運営のバイブル『市民の図書館』の一節です。
『児童の読書要求にこたえ、徹底して児童にサービスすること』『あらゆる人々に図書を貸出し、図書館を市民の身近に置くために、全域へサービス網をはりめぐらすこと』という三つの重点目標との関連でも考えさせられる実証結果であると思われます。
つぎの号は、豊田市の「サービスポイント」のあり方を考えるときに参考になるのではないかと思います。苅田町の小波瀬分館の事例です。この記事の時は施設の2階に40㎡の広さでした。2009年8月から、リニューアルし80㎡の広さになっています。職員は臨時職員1名です。
『図書館だより』第49号(1994年10月1日)
「小波瀬分館の十万冊 ふたたび需要と供給について」
【9月2日、小波瀬コミュニティセンター図書室(町立図書館分館)の貸出が十万冊を超えました。これは、町立図書館の開設の時点から計算したもので、4年3ヶ月で通過したことになります。(注;小波瀬分館は、1989年10月1日に開館、苅田町立図書館・本館1990.5.12の開館よりも前に。)ここで問題にしたいのは、殆ど同じ奉仕人口を持つ北公民館図書室での十万点が、1年4ヶ月であったということ、両者の較差は何によって生じたかという点です。西日本工業大学や新津中学校、与原小学校が立地する文教地域で、小波瀬西工大前駅があり、区画整理によって新興住宅地に変貌している小波瀬地区は、苅田町の「副都心」としての期待が寄せられている地域です。このような好条件にも拘らず、結果として(注:北分館の)三分の一の「需要」しかえられなかったことの原因は何かということです。
「供給」のパイプの大小こそが、その原因のすべてなのです。図書館計画以前からの「図書コーナー」を利用している小波瀬分館のパイプは小さくて、低い「水圧」では多くの要望を潤すことができないのです。知識・情報のダムとしての本館や北分館、西分館にプールした資料を使いこなせる施設、設備と職員配置がなされていないところからは「需要」は生まれてこないものなのです。
勿論、これは図書館の側の責任です。「副都心・小波瀬」に相応しいだけでなく、現在まで整備してきた苅田町立図書館サービス網の欠陥を補完できる機能を持つ、中規模図書館の新設を早い機会に実現させなければと思います。これも皆様の利用・「需要」こそが、行政側の「供給」を促す最良の手段なのです。小波瀬地区の分館整備が終われば、図書館サ-ビス網の完成をみます。更に一層のご利用による支援をお願いするものです。】
※ 豊田市ネットワーク館の面積の内訳((2)と(3)をネットワーク館という)
①50㎡以下、8館 ②50~100㎡、11館 ③100~150㎡、4館
④150~200㎡、4館 ⑤200~300㎡、4館
※ 200㎡をこえるのは4館だけ。全体的に狭いスペースが多い。
参考:町田市分館7館;260㎡、321、429、1,190、1,230、1,234、1,500㎡
④ そして、西部図書館が開館して1年が経って(分館の働きとは・・・)
【「満一歳の西部公民館図書室」(『図書館だより』第57号。1995.6.1)
「昨年6月1日オープンした西部公民館図書室が満一歳を迎えました。それ以前の白川・片島地区は地理的な条件で「全域サービス」を受けるために、移動図書館に頼っていたものです。しかしこれは、軒先までのサービスの利点はあるものの、隔週、それも限られた時間しか利用できないというハンディがありました。
苅田町立図書館の分館としての西部公民館図書室の開設は、この悩みを一挙に解決したものです。本館や他の二つの分館とをコンピューターや連絡車で結んで、他地区と同じサービスを受けることが可能になりました。そして1年が経過しました。その結果は、放課後でも、お年寄りでも、本館から離れていても、どんな資料でも利用できる図書館として、地域の人たちから支持されたことがはっきりしました。奉仕人口3,609人のこの地区で、この1年、5月末までの利用者数は14,585人、利用冊数46,388冊を記録しました。これに直接本館を利用した数、2,805人と11,219冊が加わります。
西部公民館図書室の1年は、「歩いて10分の生活圏内にある図書館」「地域に育つ暮らしの中の図書館」の有用性を証明するものになりました。特に、交通手段に難点を持つ児童、主婦、お年寄りなどに有効な学習施設、社会施設として、その存在価値が認められたものです。嘱託・臨時職員による運営という弱点が解消されていませんが、参考相談や予約・リクエストなど幅広く本館・分館のネットワークを生かして、西部公民館図書室が、これからも地域の文化を耕す基底的な機関として成長することを信じています。】
私には白川公民館での光景は、いつの日かの豊田市の旧町の集落のそこ、ここでの光景として見えるのです。
(2)市町村合併時の取り組みは
豊田市は2005年4月に1市4町2村で合併しています。面積は名古屋市(326.45k㎡)の2.8倍の918.47k㎡、苅田町45.7k㎡の20倍と広大な都市です。(2018年までは図書館数は、豊田市の1館に対し苅田町の4館と移動図書館1台)市町村の合併があったと知って、まず思ったことは旧庁舎を分館とする取り組みは行われなかったのだろうかということでした。私がいた滋賀県東近江市では、1市6町が合併して東近江市となりましたが、合併前に図書館がなかったただ一つの地区(旧蒲生町)に旧町役場を改装し1階の一郭に850㎡の分館(東近江市立蒲生図書館)を開設し、正規専門職員(司書)2名を配置して、対象人口10冊をこえる貸出を行っています。私が東近江市立能登川図書館を退職した翌年の2008年(平成20)11月に開館しています。その準備の取り組み方を含めて、旧庁舎を改装して図書館とする時にとりわけ参考になる事例だと思います。
資料7 「心揺さぶる図書館の誕生 東近江市率蒲生図書館を訪ねて」としょかん村No.1
7.苅田町立図書館・・・後日談 町長がかわって起きたこと
その経緯
今回、度々述べてきた苅田町立図書館ですが、図書館開館時の町長だった沖勝治さん(1986~1988.7:3期)が、1998年(平成10)7月、3期で町長を退任後、新しく町長になった伊塚工氏(1998.7~2005.10. 2期)のもとで、図書館をめぐる状況が激変します。翌年の1999年にそれまで図書館は課としての位置づけであったものが、生涯学習課の1係に、生涯学習課の中の公民館・図書館係となりました。行政組織の中での図書館の力を根底からつきくずすものと考えられます。1999年以降、資料費が約44%の削減となり、それまでの4,200万円台(人口あたり1,250円:全国平均280円台)から、2,500万円台(人口当たり700円台)になっています。
専任職員も1999年から毎年1名の減となり、2002年(平成14年)には2名となりました。「図書館設置条例」の中の、「図書館長の有資格」の条項を廃止し、2004年(平成16)4月から図書館長を嘱託としています。 資料8
また、2005年(平成17)11月に、吉廣啓子氏(2005~2017.11. 3期)が町長になってからも、その状況が続き、2013年(平成25)には職員が1人に、そして2016年からは0となっています。専任職員が0となった2016年以降は、図書館には正規職員はおらず、生涯学習課の図書館・公民館係の職員が図書館の担当として、庶務的業務にあたっているものと思われます。先にふれた豊田市の「図書館管理課」が抱えている問題を、さらに一層、望ましくないあり方にする組織の改変が機構改革の名のもとに行われたのだと思います。
資料費も2015年(平成27)には1000万円をきって934万8,000円(人口あたり258円:全国平均216円)となり、2016年以降は750万円(人口当たり資料費203円)となっています。1998年以前の、人口当たり資料費1,250円の時にくらべて6分の1というすさまじい削減です。
さらに吉廣町長の任期の最後の年、2017年の年の初めに町長の「一声」(伝聞です)で、同年3月末で分館2館を廃館としています。(北公民館図書室、小波瀬分館;「公共施設等の見直しの一環で」という理由で。)
さきに「首長の力」ということで、町村長や市長が図書館についてしっかりとした認識を持つことの大切さ、そうした時のじつに大きな首長の力について述べましたが、苅田町では、これとは全く逆の意味で、首長の力のすさまじさに対面しています。町民や議員の反対の声があったと聞いていますが、それでも議会が承認してのことであったと思います。
吉廣さんが町長に就任した2005年度の苅田町立図書館の貸出密度は12.4でしたが、2つの分館を廃止して最初の年度、2017(平成29)年度の貸出密度は7.8と、1990年(平成2年)に開館して以来、最低の数値を記録しました。吉廣さんが町長在任中の12年間、2008年度を除き、毎年利用が減り続けていますが、とりわけ分館2館を閉館した2017(平成29)年度の落ち込みは際立っています。
2016年度348,332冊(貸出密度9.45)から2017年度290,702冊(貸出密度7.78)と
57,630冊(17%)の減となっています。2016年度では、北公民館図書室の貸出は50,788冊で全体の14.5%、小波瀬分館は80㎡と小さい図書室ながらも29,520冊で、全体の8.5%、2館合わせると、80,308冊の貸出で、全体の23.1%と高い利用でした。これだけの利用がある2館の図書館を閉館にしたわけです。
また西部分館は2016年度の貸出が33,438冊(全体の9.6%)から、2017年度26,421冊(9.1%)と7,017冊(21%)の減少の大きさにも驚きます。図書費のすさまじい削減と職員体制のあり方が直撃してのことだと考えられますが、このような苅田町立図書館の激変の結果の理由を示しているのが、一般会計(町の総予算)に対する図書館費が占める割合の推移です。
私が退職する前々年度である1993年度(平成5)は1.4%だった図書館費(1億4,362万4千円:職員7、嘱託2,臨職9)が、職員の削減が続き、私が糸島に住み始めた2007年度(平成19)は1.02%(1億3,643万4千円(職員2;資料費2,290万円)。そして、専任職員(町職員)が0となった2017年度(平成29)には0.47%(5,845万1千円)に、そして2018年度(平成30)には、0.44%(5,604万8千円)で、15年前の1993年度のなんと3分の1以下(27%)の図書館費となっています。
図書館が近くに、歩いて10分のところにあるから図書館を利用していた人たちは、一体どうなったのでしょうか。その多くの人たちが、いきなり図書館を利用できなくさせられたということであったと思います。
2館の図書館を閉館にすれば、このような事態になることは、はっきりとわかっていたことです。しかし、そのことを行政の中で一番把握しているべき専任の専門職員の体制が突き崩されている状態では、その動きを止めることは極めて困難であったと思います。
豊田市では指定管理者導入前の専任職員のうちの専門職員が極端に少ない状態であったこと、何年にもわたってその状態が続いていたこと(22人のうちの2人,20人のうち0、19人のうち0、専任職員そのものが0)、そのことが指定管理の導入を容易にする大きな要因ではないかと考えられます。
人(専任専門職の館長と司書)の確保、「望ましい基準」による司書(数)の確保が肝心要のことだと考えます。
8.さいごに
⊡ 現状を知ることから
豊田市の図書館のこれからを考える時、まず知りたいのは、豊田市の小学校区ごとの貸出密度です。小学校区ごとの、市民一人当たり年間貸出点数です。本来、この指数は豊田市の図書館サ-ビスの「どこでも」「だれでも」がどうなっているかを示すもっとも基本的な指標であり毎年、図書館が作成している各年度の「事業概要」(図書館によっては、「年報」「要覧」「図書館の概要」などと表記)で、利用の実態を把握する基本的な統計として作成、公表されるべきものだと考えます。糸島市では、例年の『糸島市立図書館の概要』には記載されていないため、毎年教育委員会に請求して、その数値をもとに、糸島市の地図に小学校区ごとに貸出密度の数値を書きこんでいます。結果は、校区による利用度の大きな格差が一目瞭然にたち現れるものとなりました。そうして今、取り組んでいるのは、この利用の大きな格差の実態を、市民と行政に目に見える形で提示していくことです。現状を知ることから、市民として今、何をなすべきかがたち現れてくるように思います。
その一つが『望ましい基準』を活用した取り組みです。これまで述べてきたように、図書館法制定後50年経った2001年に公示され、2012年に改正された『望ましい基準』は「数値目標」を定めず、公示されてから18年間経つ中で、必ずしも各地の図書館づくりの中で大きな力となったとは言えない“眠れる基準”とも言える現状があります。しかしながら伊万里市民図書館のように、基準にこめられた考え方を自らのものとし、伊万里市の図書館の現状と課題をふまえて伊万里市民図書館の目標を計画年次とともに策定した取り組みは、豊田市や糸島市の図書館が直面している、市民の身近に図書館がないあり方を変えて、市民“一人ひとり、そしてみんなの図書館”としていくための範となる手立てを示しているように考えます。
とりわけ資料9『望ましい基準』の2項目(1.総則 「設置の基本」、2.公立図書館;管理運営)は重要な規定で、この規定に則った図書館の取り組みを、市民として市に求めることが肝要です。
・ 図書館設置の基本は、住民の生活圏、利用圏を考慮して、分館、移動図書館による全域サ-ビス網の整備に努めること。
・ 基本的運営方針の策定・公表
・ 運営方針に則った図書館サービス、運営に関する適切な指標の選定と目標の設定。
事業年度ごとの事業計画の策定と公表
・ 基本的運営方針並びに指標と目標及び事業計画の策定に当たっては、利用者及び住民の要望並びに社会の要請に十分留意すること。
・ 運営の状況に関する点検及び評価等
なお、すでにご覧になっているかもしれませんが、『図書館の設置及び運営上の望ましい基準 活用の手引き』(日本図書館協会 2014)は、役に立つ冊子だと思います。まだご覧になっていない場合は、図書館で予約、リクエストを。
⊡ 竹内悊(さとる)さんからの贈りもの
この原稿は「図書館は何をするところか」、「図書館の発見」を巡って書き始めたのですが、原稿の終盤にとりかかっていた6月下旬、竹内悊さんの『生きるための図書館 ―一 一人ひとりのために』(岩波新書 2019.6.20)が刊行されました。この書は私にとってまさに待望の一書で、私がこの原稿で考え書こうとしているものが何であるかを照らしだすものでした。「図書館とは何だろう」と考える読者一人ひとりへの、そして豊田市のみなさんへの、1927年生まれの著者からのこの上ない贈りものとも思われました。私自身、読者の一人として、このような著者と同時代に生き、その深い思索から生まれる簡明簡潔な言葉、文を手にすることができる有り難さに思いを深くしました。一人の読者を深く励ましてやまない、そして一つひとつのことに気づきを促す竹内さんの声がこの本の随所から聞こえてきます。
6章からなる1章1章、ほんとうに目を見開かされる思いと、よく考えるとは、考えを深めるとはこういうことかと驚きながら読み進めましたが、なんと第1章は、「地域の図書
館を訪ねて」で、「1 自宅から歩いたところの図書館に」から始まっています。
私が原稿で豊田の皆さんにお伝えしたいと考えていた「分館とは何か」(地域のどこに住んでいても、誰でも利用できる全域サ-ビス網の中での分館とはどういうものか)が、そこに明瞭に書かれています。
竹内さんは〈全国に三二00を超える公立図書館の中で、「こういうところが身近にあったら」と思える地域の図書館はどこだろうか、と相談をして、まずここをとなった〉図書館を訪ねたのです。〈三月の末、刺すような北風のやんだ日〉、〈東京の西部、多摩地区の市立図書館分館〉でした。〈この日はつい数年前まで近くの市立図書館長であったSさんに同行を依頼して、朝八時半から午後四時までを館内で過ごし、いろいろなことを見聞きしました。そして「今日、ここに来てよかった!」というさわやかな思いで、この図書館を後にしました。以下は、私たちの印象とメモからの報告です。〉
分館で過ごす利用者の様子や職員の働き、「人の目には見えない仕事」。
司書と嘱託職員との意思の疎通の円滑さが分館運営に活きている様から、「この市は、図書館で働くひとの能力と資質を大事にしていますから、それがサービスに現れるのです。」
「歩いて来られるところにあることが大事です」と思わせる分館についての文章についで、この分館のある市全体の図書館について書かれています。
この市の人口は豊田市の約54%(約半分の)「人口23万余り、22平方キロメートルの中に公立小学校20校、私立小学校2校、公立中学校11校、私立中学校3校,そのほかに公私立の高等学校や大学があります。そこに中央図書館と分館10館、つまり図書館は中学校区に1つ、そして人口からみれば2万人に1つあることになります。これは誰でも自宅から歩いて10分以内、つまり半径800メートルに1つの図書館という市の計画が実現したからです。
市立図書館全体の所蔵資料は、2015年現在、本と映像資料とを合わせて137万点【豊田市173.5万:2017年度;以下同様】です。これは市民1人あたり5.9点【4.1】あたります。貸し出しは年間264万点【豊田市315万】、市民1人あたり11.4【7.4】です。この年の全国平均は5.5点ですから、その2.1倍というのは、全国的にみて、市民がよく図書館を利用していることになります。
ここでは、こういう貸し出し状況が10年以上も続いています。この状況を支えている図書館の資料購入費は、市民1人当たり395円【214円】です。
中央図書館は市の中心部にあって、午前9時から午後8時半まで開館。 (略)
図書館の正職員は62人(うち司書有資格者44人)、専門嘱託員は155人、全員3交代制で勤務しています。(2016年度)」 (注:漢数字を算用数字に変更。)
この市立図書館は、調布市立図書館ですが、本書では意図的に名前が伏せられています。それはつぎの理由によるものです。
「図書館の名前は伏せました。ここに引いた実践を優れた条件に支えられた特別な事例であって及び難いものではなく、一つの支えとして各図書館の充実がはかられることを期待したからです。」
ほんとうに、ここから歩んでいきたいと考えます。
調布市立図書館といえば、私自身の心に刻まれていることがあります。今から28年前の1991年(平成3年)9月の調布市議会で、当時の市長が中央図書館を含む「(仮称)市民文化プラザ」の管理運営を第三者機関に委託することを検討していると表明されたことが事態の発端であったのではないかと思います。調布市の市民や図書館員はもとより、とりわけ三多摩や東京の図書館員や、図書館に心よせる周辺自治体の市民に大きな衝撃を与える出来事でした。そして全国の図書館員にも。1993年3月議会では市は委託の方針を表明、それから1995年(平成7年)9月の中央図書館の直営による開館まで、実に様々なことがあったのだのだと思われます。その当時に開かれた、図書館の委託の問題を考える集いで、調布市民の一人の女性が発言された言葉を、私はある冊子で読みました。
その人は「私はこれまで調布市の素晴らしい図書館サービスを本当に満足して受けてきました。今、考えますにそのような私の図書館との関わり方が、図書館の委託の問題を生み出しているのでは」と。
竹内さんは、前述したある「市の図書館」の概要の説明に続いて、1966年(昭和41年)に開館したその図書館が開館「以来50年、さまざまな難関を乗り越えてき」て、その図書館サ-ビスの積み重ねの中から、この図書館の基本方針が生まれました。」と記し、この基本方針は、「市全体での理解」が必要で、「図書館の中だけではなく、市役所も、議会も、市民も、市民生活のために必要なものと理解し、市の機関の一つとして維持・発展させる体制が必要です。これは図書館からの不断の働きかけと、サービスの蓄積、それに注目する人々の支援が不可欠ですし、図書館員個人も、図書館に勤めて市民のために働きます。・・・」と記しています。
先の委託を考える集会での一人の女性の発言を、竹内さんの「図書館からの不断の働きかけと、サービスの蓄積、それに注目する人々の支援が不可欠です」に重ねて読んで、あらためて、豊田市の図書館を考える市民の会の活動の大切さを感じています。
ここでは、『生きるための図書館 ―― 一人ひとりのために』ついて、ほんの一端しか触れることができませんでしたが、「市民一人ひとり、そしてみんなの図書館」を市民が手にするために、図書館への深い理解と底深い元気を手渡されるこの本を伴侶として、考える会のみなさんとともに歩んで行きたいと考えています。
⊡ 追記1. 町田市立図書館に指定管理者制度導入の計画
本文の最後の校正をしているさなか、何ということでしょう、町田市では、2月の教育委員会で「効率的・効果的な図書館サービスのアクションプラン」を決定し、地域館の閉館、指定管理者制度の導入、移動図書館サービスの縮小などが計画に盛り込まれています。町田市立図書館のこれまでのサービス水準を大きく後退させる計画です。これに対して、町田の図書館活動をすすめる会や図書館に関わる4団体が連名で3月議会に見直しを求める請願を提出、また4607筆の署名を議会に提出しています。そして3月と6月の文教社会常任委員会で、「委員も内容を十分に理解していない」、「市民の意見を十分に聞いていない」
などの理由で継続審査となり、9月議会で再度審査が行われることになっています。(町田市の図書館活動をすすめる会ホームページより。2020.8.17)
町田市立図書館については、これまで述べてきたように1965年に日野市立図書館が活動を始めて以来、日野や府中や・・とともに三多摩の図書館づくりの中核を担い、市民のための図書館活動を切り開き展開してきた図書館です。いま、そこで何が起きているか、町田市の市民だけでなく、図書館に思いをよせる人たちが、全国に町田市の状況を発信されています。市民の意見を十分に聞くことなく、事態が進められてきている状況が伝わってきます。町田市の図書館活動をすすめる会や市民の会の活動を注視し、それぞれの場でできることを考えていきたいと思います。
追記2.浪江虔(けん)さんの『図書館運動五十年―私立図書館に拠って―』を読み返す
第二二章 「異彩を放つ町田市立図書館歴史―事実で築いた記念碑― 」から
「このことで、ちょっと恥ずかしい思い出がある。「広報まちだ」の一九六九年(昭44)
八月二十日号のトップ記事は「あなたのご意見を手紙で/ 九月には手紙運動を展開」というのであった。私は図書館にしぼって、三千字ほどの長文の手紙を書き送った。これが全文「広報まちだ」十一月五日号に掲載されたのである。(私以外にも十三人の意見が、全文ほぼ全文掲載された)。
私は町田市立図書館の過去と現在について、他市と比較しながら詳実し、さし当たってぜひ実行してほしいことを二つあげた。一つは自動車図書館の開設 、一つは資料費百万円の追加計上であった。この号は各人の意見に対して市側のコメントが一々つけられただが、私の分についてはなんと「十二月補正で二百万円」とあった。私の「百万円追加」は、かなり思い切った提案のつもりであったが、この答の前にはいかにもみすぼらしい姿であった。もちろんこれが言葉通り実行に移されたので、前述のような結果になったのである。
(この時の広報の、私の提案と市側の回答は注5に抄録下・・・※ぜひ一読を)。
一九七○年(昭45)市長に三月、当選した大下勝正さんは、私の友人であり、図書館に関してはりっぱな見識をもっている。町田市の図書館政策は忽ち面目を一新した。そして半年もたたないうちに町田市立図書館では初めて専任で専門職の図書館長が着任した(八月一日)。十月には自動車図書館そよかぜ一号が活動を開始した。(略)
前掲の大きな表には、町田市が誕生してから今日までの、市立図書館の動向が一まとめにしてある。この表には住民運動の影響がはっきり出ている。青山市政の後半期、躍進につぐ躍進の大下市政第一期第二期がそれである。ところが第三期に入って一挙に足ぶみ状態になり、若干の後ずさりも見られる状況である。市民がもう一度立ち上る必要があるよう
に思われる。」
追記3.前川恒雄氏 逝去の報(毎日新聞2020年4月12日)
前川恒雄さん89歳(まえかわ・つねお=図書館学者),10日、肺がんのため死去。葬儀は、自宅は、喪主は・・。東京都日野市立図書館長、滋賀県立図書館長、甲南大教授を歴任。閲覧中心だった公立図書館を、市民のために貸し出し中心に転換する運動の先駆者。
著書に「われらの図書館」「移動図書館ひまわり号」
添付資料2
資料8
菅原竣さんの『図書館の明日をひらく』(晶文社 1999)より
〈図書館がある〉とは、〈図書館の看板が下がった建物がまちにある〉ことではなく、そのまちの隅々までサービスが行きわたっていて、いつでも、だれでも、どこに住んでいても、どんな資料でも利用できる、その態勢がととのっていることをいう。 p.15
まちに図書館があるというのは、どこに住んでいても、住民がそこで役に立つサ-ビスを手にすることができる、納税者にふさわしい利益を得、あるいは還元を受けることができることでなければならない。図書館に必要な資料が揃い、自由に利用でき、職員のサ-ビスをしっかり得られなければ、まちに図書館があることにはならない。 p.73
本は買って読むもの、日本人は借りるよりも自分のまわりに本を置きたがる、そのような考えが何の根拠もないものであることは、多くの図書館の実績が示している。その実績を生むのが十分な図書費であり、地域地域を覆うサ-ビス網であり、職員体制であることも、あらためていうまでもないことだ。
注目を集めている福岡県苅田町。人口3万4千人のこの町で1983平方メ-トルの中央館のほか3分館(1館は新館を建築中)と1台のブックモビルで97年度には56万4千冊を貸し出し、それは町民1人当り16.6冊となった。このサ-ビスを支えているのが、年間3千6百万円を超える資料購入費で、これは町民1人当り役1060円となる。職員体制は、専任7人のうち6人が司書。
そして図書館の利用の様変わり、これを見落としてはいけない。本を返し本を借りるのにはせいぜい15分も在館すればいいけれど、図書館で思い思いに時をすごし、読書や閲覧の場を自分のものとしている人たちがふえている。子どもを連れ、弁当をもって図書館に来る。それが暮らしの中に組み込まれたパタ-ンだとすれば、人口10倍といわず、もっともっと多くの人が図書館にやって来る。
図書館はそのような利用に応えられるように計画し、施設をつくらなければならない。
時代はそこまできている。 p.175
私は、図書館長は図書館について専門教育を受け、経験を積んだ者を当てるべきだと考える。なぜか。それを問わなければならないところに、今日の日本の図書館の根本の問題がある。図書館長は、そのまちの図書館サ-ビスの最高責任者である。図書館の大小、自治体の大小を問わない。住民にどのような図書館サ-ビスを届けるのか。これからサ-ビスをどう発展させていくのか。それを考え計画を立てる。司書職員を指揮し、相談にの
り、業務を滞りなくすすめていく。それが図書館長である。ふたたびデンマ-クの図書館法を引くと、その第二条で「図書館長は、他の司書職員の援けを得て資料を選択し、自治体に対してその責任を負う」といっている。住民が必要とする、役に立つ資料群の構成が、図書館長のきわめて大切な責務であることを言っているのだ。深い教養、資料についての広範な知識、選択の理論と技法、そういったものを身につけていないで、どうして図書館長が務まるだろうか。 p.32~33
資料9
「図書館の設置及び評価の運営上の望ましい基準」
【1】 「第一 総則
二 設置の基本
① 市(特別区を含む。以下同じ。)町村は、住民に対して適切な図書館サ-ビスを
行うことができるよう、住民の生活圏、図書館の利用圏等を十分に考慮し、市町村立図書館及び分館等の設置に努めるとともに、必要に応じ移動図書館車の活用を行うものとする。併せて、市町村立図書館と公民館図書室等との連携を推進することにより、当該市町村の全域サ-ビス網の整備に努めるものとする。
【注;才津原:上記が図書館を設置する基本である、ということ。“住民の生活圏”とは、中学校区のことであること。】
② 都道府県は、都道府県立図書館の拡充に努め、住民に対して適切な図書館サ-ビスを行うとともに、図書館未設置の町村の多く存在することも踏まえ、当該都道府県内の図書館サ-ビスの全体的な進展を図る観点に立って、市町村に対して市町村立図書館の設置及び運営に関する必要な指導・助言等を行うものとする。
【注;才津原:市町村の合併によって、新市になった場合、合併前に町村立図書館がなかった町や村は、合併後に分館が作られなければ、実質的にその地区の市民の図書館サ-ビスは十全でなく、新市(豊田市に図書館はあるけれど、旧町村の住民の大半にとっては中央館は遠くて利用できず、実質的には)「図書館がない状態」に等しいと思われる事態となる可能性が高い。もしこれらの町や村が合併しなかった場合は、これらの町村は未設置の町村であり、上記②の条項により、「(未設置の町村に対し、県は)町村立図書館の設置及び運営に関する必要な指導・助言を行う」責務をもっていることになる。そうした県の責務のあるべき、望ましい実例が、東京都や滋賀県のかつての図書館振興策で、建築費や図書購入費の補助を行い、今日、47都道府県の中で、もっとも貸出密度が高い都府県となっている要因である。実質的に図書館がないと言える地区については、市はもとより②の条項の趣旨からも県にも「図書館サ-ビスの全体的な進展を図る観点」からも、その地区の十全な図書館サービスを行う上で責務があるということである。】
③ 公立図書館の設置に当っては、サ-ビス対象地域の人口構成、面積、地形、交通当を勘案して、適切な位置及び図書館施設の床面積、蔵書収蔵能力、職員数等を確保するよう努めるものとする。
【2】第二 公立図書館
1管理運営
(1)基本的運営方針及び事業計画
① 市町村立図書館は、その設置の目的を踏まえ、社会の変化や地域の実情に応じ、当該図書館の事業の実施等に関する基本的な運営の方針(「基本的運営方針」という)を策定し、公表するよう努めるものとする。
② 市町村立図書館は、基本的運営方針を踏まえ、図書館サービスその他図書館の運営に関する適切な指標を選定し、これらに係る目標を設定するとともに、事業年度ごとに、当該事業年度の事業計画を策定し公表するよう努めるものとする。
③市町村立図書館は、基本的運営方針並びに前項の指標、目標及び事業計画の策定に当たっては、利用者及び住民の要望並びに社会の要請に十分留意するものとする。
(2)運営の状況に関する点検及び評価等
① 市町村立図書館は、基本的運営方針に基づいた運営がなされることを確保し、その事業の水準の向上を図るため、各年度の図書館サ-ビスその他図書館の運営の状況について、(1)の②の目標及び事業計画の達成状況等に関し、自ら点検及び評価を行うよう努めなければならない。
② 市町村立図書館は、前項の点検及び評価の他、当該図書館の運営体制の整備の状況に応じ、図書館協議会(略)の活用その他の方法により、学校教育または社会教育の関係者、家庭教育の向上に資する活動を行う者、図書館の事業に関して学識経験のある者、図書館の利用者、住民その他の関係者・第三者による評価を行うよう努めるものとする。
③ 市町村立図書館は、前二項の点検及び評価の結果に基づき、当該図書館の運営の改善を図るため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
④ 市町村立図書館は、第一項及び第二項の点検及び評価の結果並びに前項の措置の内容ついて、インタ-ネットその他の高度情報通信ネットワ-ク(略)をはじめとした多様な媒体を活用すること等により、積極的に公表するよう努めなければならない。
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